周期的、1ヶ月に1回は大泣き&機能不全(最低限の動き)しかできない日がある社会人はどのように生きていくべき?
色々と悪いタイミング(ホルモンバランス、仕事ストレス、私生活不安)重なるのが1ヶ月に1回という周期 フルタイムで働く正社員とする

はかり
あげられた項目を『他の人と違う』という言葉でまとめさせていただきます。
このスケールでまとめると、大小違いはあるとは思いますが、おおよそ全ての人が持つ問題です。
それが他と共存するには下記のようにいくつか手段があると考えています。
・自分が他に合わせる。
【衝動を抑え我慢する】
・他を自分に合わせる
【理解を得る為に能動的に働きかける】
・環境を変える
【理解を得られる場を探し、自分で選ぶ】
・自分で作る
【その前提でついて来る人を募り、主体的に環境を回す】
思いつく限りがこれになります。

はかり
そのような状況に陥った場合には、一過性の問題なのか恒常的な問題なのかを見つめ直す為の休養期間が必要なのではないかと思われます。
恒常的な問題として自分自身を定義してしまうと視野が狭くなってしまう可能性があります。
自己理解も大事ですが、外的刺激によって内面は常に変化します。
変化する自分自身の観察も大事であると私は考えています。
あくまでも思考実験として答えていますのでご容赦ください。

Noriko
そのままでいいと思います
無理をする必要なんて、全くないと思います

よん
①定期的な運動を心がける(通勤時歩くなども可)
②睡眠時間確保を最優先の生活を行う
③食生活の見直し
④毎日入浴する
⑤普段から些細なことも無理をしないよう心がける
場合によってはフルタイムはやめることや、ピンポイントで抗不安剤を使用することも選択肢に入れて良いのではないかと思います。
ご自身への労りに時間を割くことが、逆に効率化や充実につながることもあると思います。

正宗(ろー)
意図的にそのどちらかを明示していないと想定して一般論で回答します。
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個体特性の場合は、社会的包摂の下、場に合わせるための努力が個に対して求められると思います。
このとき、社会側のOSが古いと、個体特性は「異常」や「怠け」、あるいは「弱さ」や「未熟」に錯誤帰属する可能性があります。
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生理仕様の場合は、主に社会側の問題になり、例えばフィンランドでは、PMS(最近はPMDDも)は疾病として社会的に認知されているので、行政・医療・職場の支援が成立しています。
その一方で、フィンランドは不機嫌のときに不機嫌を使ったコミュニケーションは社会的に厳しい目で見られるので、日本人の感情感覚との乖離が大きい側面もあります。
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次に、個と社会という関係ではなくて、思考の話に移ると、
『社会が古い』という原因帰属を持ってくると、ここに解消されない悩みとしてずっと残ってしまうので、精神衛生を考えると、あまり良い思考でなないことになると考えます。
この場合は、人は『木』ではないから移動できる存在という認識を立てて、自分が適応しやすい環境に移る考え方が精神的健康、認知的健康に繋がりやすいと考えます。
しかし、人間が『移動』するには、環境の制約や経済的制約の存在が大きいため、一人で移動できないときは仲間の存在やコミュニティの存在が重要になってくると考えられます。
【醜いアヒルの子】を例にあげると、白鳥の子供に問題があったわけでははく、所属する集団が誤っていただけとも解することができるので、個体特性の優劣は、所属集団によって自己認識も周囲の認識も変化することが導けます。
まとめると、
個体特性なのか、生理仕様なのかの切り分けを行い、
醜いアヒルの子現象が生じて、認識が歪む可能性を考慮しつつ、
『木』と『人間』の差異を比べつつ、
環境を移動することを選択肢に常に持つ、という回答を置きます。

〆さば
そういう生き物だとまず認める所からスタート。QOLを上げるという意味では、大泣きする自分を許して、体調不良責めずに、労わってあげていいと思える様に。それがいいと思います。
社会の理解を求めるよりも自分をフラットに認めて「さてこの身体を前提にどう生きようかな」と鷹揚に構えていきたいですね。

さたさた
こうであるべきと自分に強制しないように。
嫌われたり避けられたりする事を恐れずに。

サト
普通に心配、一人で抱え込まないで欲しいです
思考実験の範疇であってほしい
だるま落とし
頑張ってんだから。
機能不全だと出社してたら仕事に影響出るから、できるなら休みの日に決壊する様に出来れば〜とか、小出しにして決壊のダメージを少なくしてみたりってのはあるんじゃないかな。
調整したくても出来ないってのは何となく分かるけど。

