人は「答え」を求めているのでしょうか。それとも「共鳴」を求めているのでしょうか。

じゃんく
考えてみると、人は「答え」を求めているというより、
納得できる道を照らしてもらうことを求めているのかもしれません。
答えを求めているように見えるときは、
構造的・社会的・論理的・感情的に
「正しい」と思える道を強く照らしてほしい時。
逆に答えを求めていないときは、
可能性として広がる複数の道を照らしてほしい時なのだと思います。
どの道を、どんなふうに照らしてほしいのか。
そしてどの道を、どんなふうに照らすのか。
その光の当て方が共鳴したとき、
人は納得できる選択ができるのではないでしょうか。

ニコラ・テスラ
たろう☸️
内部の人は答えを求め
外部の人は共感を求めていると思います
ソマチッド

憂い顔の騎士

ペペロンチーノ

釣り好き

🦆
『答え』を求めてる時は問題を解決したい時
例えば、仕事で上手くいかない時に
大変だねって言葉(共鳴)よりもこうした方がいいかもみたいな
んで『共鳴』は感情を理解して欲しい時
悲しい、嬉しい、辛いとかなら
わかる、それ辛いよねみたいなって感じかなぁ
そこでアドバイスされてもそれ今求めてないってなるからね🤔

Lily
女性は共感を、男性は答えをとは良く言われますが、実際これは正しいと思います。 もちろん女性寄りの男性など人のグラデーションは様々なので一概には言えませんが。
私は答えや共鳴よりも思考や対立、議論を求めています。
だるま落とし
「正しいとかどうでもいい、私はこう思ってるんだ!どうよ、そう思わない!?」って言い方になっていると分かりやすい🤣
だからなのか、共鳴・共感した後にチョロっと脱線する様に誘導するとお手軽に乗っかってくる。
『チョロい』ってのはこういう時に使われるんだなってつくづく思う。
自分に都合のいい情報を選ぶヤツってのは大体が共鳴や共感を求めてるんだと思う。
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