『読む』と『目を通す』の違いは何だと思いますか?
便宜上、「⚪︎⚪︎を読んだよ」と話したり著す場面はよくあります。しかしながら内容が思い出せなかったり、概要も説明できないならば、それは「目を通した」に過ぎないのではないかとよく考えます。

K

まくら
言語化って自身に落とし込む訓練を積んでなければ、意外と難易度高いんですよね……。確かにそれができるに越したことはないですし、メリットも大きいとは思うのですが……。でも熱量を込めて読んでくれた人に、言語化できなければ「目を通す」という枠に押し込むのも酷だと思ったりともどかしいです。あと得意不得意や本人の特性も関係してきますし。
※私は読書体験を体系化したり言語化したりとロジックで自身に落とし込もうとするタイプなのですが、アウトプットする相手によっては私と需給が合わない場合(言語化が苦手なタイプやロジックではなく共感力や熱量で読むタイプなど)も結構あります。
だいぶ内容が脱線した気もしますが、結局私の感覚としての『読む』は読書体験に対する意識が多少なりとも高まって読めたとき。『目を通す』はそうでないとき。また別の使い方として、文書などの確認する時の言い換えくらいの認識ですね。

あんぱん

晴
「目を通しておいたよ~」
・・・🤔 目を通された方が好きかな~。なんか外国には無い表現に思えて(英語では何と言うんだろ?)日本語っぽくて良いかも[笑う]

こはる

ちょびすけ
目を通すは概略を掴むこと。

まぁくん

ノラ
目を通すはとりあえず把握。
トットちゃん
目を通す、ざっと観て大体の事柄を覚える様。

ₙₒᵢₛₑ
目を通す¦パラパラっとページをめくるだけ
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