現代、「故郷」はアイデンティティ確立に必要か?また、その場合の故郷とは?
地縁の薄まりや都市圏への人口集中が続いている今、元々故郷に拘らない人も増えていると思われます。そんな現代でも、「故郷」はアイデンティティ確立に必要ですか?
また、その場合の故郷とは何だと思いますか?(生誕地/育った場所/親の実家 など)
原発事故関連で聞いた「人間はふるさとがないと自分が分からない」というコメンテーターの意見が気になったので質問します。
やっちん坊♂
僕的には🎯
アイデンティティ(Identity)とは、「自分は自分である」という確固たる意識(自我同一性)や、他者とは違う独自の性質(個性)を指す心理学・社会学用語です。過去・現在・未来にわたって「私は私」であり、社会や他者から認められている感覚を意味し、生き方や帰属意識とも結びつきます。
↑なるヘソ〜🤭
僕の故郷は生まれるべくして生まれて来た最高の
安全な場所だったと自負して居りますが💦
コレから起きるカモ🦆知れない最悪の事態を
出来るだけ訴えて💦僕の大好きな故郷が核戦争の
核の炎🔥に❤️🔥さらされる事の無い様に出来るだけ早く強く長く訴え掛けて行きたいと思ってます🤭

正宗(ろー)
僕は生まれた家、小学校、中学校が無くなっており、いわゆる故郷が物理的に無くなっています。
ただ、アイデンティティの確立に必要かというと必須条件ではなくて、補強因子の1つのような気がします。
人は物語的に自己を解釈するので、物語の思い出部分が欠如すると、その分物語の部分の解像度が低くなり、これが本人の知覚としてはアイデンティティの希薄化になると思いますが、
故郷は第二の故郷でも良いと思いますし、他の物語で補完することも実体験的にできると思われます。
ただ、人によってはずっとその地で暮らし、家を守ってきたみたいな生き方をしてきた人にとっては、生まれ故郷が物語の大半を構成するでしょうから、このタイプの場合はアイデンティティに強く影響する可能性があるかもしれません。
グーグルマップで故郷の姿を見たとき、たしかに郷愁の念と望郷の念、強い思い出が想起されました。
私は思い出よりも、未来へと自己定義を置いているタイプなのですが、思い出を大切にする方にとっては故郷の存在は大きいと思います。
故郷とは、思い出であり、密な人間関係が築かれ、自己成長や自己変革を支えた場所というイメージが浮かびました。
あと、ジャネーの法則が関わると思います。
10歳までその故郷で過ごすのと、30歳を超えてからの10年は主観の時間密度が大きく異なりますから、それだけ幼少期を過ごした故郷は相対的に当人の中での価値が大きくなると予想しました。




憂い顔の騎士

パン

🍊🍊🍊

サト
一般的な故郷に対する思いって場所、人、思い出に対するもので
被災者にとってはもっと根源的な生まれとか帰る場所みたいなものなんだと思う
彼らの思いは僕には計り知れないから上手く言えないけど、そんな気がする

ハリー
いちかばちか
あるなしに関係なく人間は工夫をこらすものでしょ😊

なーゆちゃん

〆さば
一方で大人になってからアイデンティティを獲得する人もいるので、そういう人にとってはあんまり意味がないのかも。
でも懐かしさって感覚が無いのはなんかちょっと勿体無い気がする。
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