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抽象語を深く理解したいという欲求について

正宗(ろー)

正宗(ろー)

私の場合は、
❶(文章が圧縮できて)便利だからと、
❷(具体語よりも)楽だからですね。

1日にたくさんのメモをするのですが、抽象語が使えると、示したい内容や概念そのものをobjectとして扱えるので、数行から数十行の文章を1つのobject(抽象語)として圧縮できるのが便利だと感じています。

言語仕様について説明するときに、長々と説明するものを『ウィトゲンシュタインの言語ゲーム的に』とすると、数十行から数百行を圧縮できます。
そうすると、読むのも楽ですし、記述するのも楽です。
☛ただしこれは説明コストや翻訳コストとトレードオフ

自分の中で特にこの恩恵が大きかったと自覚したのは、圏論と写像と関手、グラフ理論のノード、エッジ、グラフ、スーパーグラフ、サブグラフ、オーバーラップドグラフ、ユニバーサルグラフとかですね。
あと、モダリティ、タクソノミーみたいな、メタ構造言語が衝撃的でした。

ただ、深く理解したいという気持ちは無く、記述に便利だからみたいな感覚なので、理解欲求自体は知識ではなく、実務に向いてる気もします。
抽象語彙そのものに探求心的なものはいまのところ湧いていません。

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具体語よりも楽なのは、
例えばトマトの場合、抽象レイヤで扱うと、
▸ 野菜
└トマト

で済むのですが、

具体レイヤで扱うと、
▸ トマト
└品種は?
└大きさは?
└消費期限は?
└今日のサラダにはいくつ必要?
└熟してるか?まだ青いか?
└トマト嫌いの人がいるか確認
└調理器具はあるか?

のように、その場面場面に応じた確認事項が一気に増えるので、具体語(具体レイヤ)の方が処理が重く感じます。

なので、文章を作るときは具体レイヤで考えるのではなく、トマトを変数の形で置いておき、中身というか細部は後で処理することが多いように挙動があります。
☛必要に応じて具体に展開

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自分用に造る文章と、想定読者に合わせた文章を作るのはまるっきり別の作業になります。

❶一次生成分

❷推敲

❸対象に合わせた…翻訳、アナロジーの差し込み、具体の差し込み、説得力の付与、納得感の付与

自分用の文章は、❶だけで良く、時間が経って読んだときに誤読しそうな致命的な誤字だけ直したり直さなかったりですが、❷❸は『作業感』が出てくるので、なにか目的が無い限りは省略しがちです。

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