泣く、怒鳴る、不機嫌といった感情は戦略的にも利用できるが、感情の戦略的利用はどの場面・状況でその利用が肯定されると考えられるか?

風の音
また「イカゲーム ザ・チャレンジ」では、456人の一般人が大金をかけてゲームをしますが、役者じゃなくても戦略的に泣いたり怒ったり笑ったり、と駆け引きをしていますね[笑う]
では、単純な泣く、怒鳴るなどの感情表現(ネガティブ感情と記します)と違い、戦略的にこれらが肯定される理由はなんでしょうか?
おそらく「ネガティブ感情の発生が起こり得る」ことを事前に心構えができていて、なおかつ、“直情によるもの”では無いから、かと私は考えます。
相手に事前の心構えがない場合、戦略的にネガティブ感情表現を利用すると、相手は戸惑い、それに騙され行動や感情をコントロールされたりしますが、その利用は「だます本人の立場」では肯定と言えますね[疑っている][笑]

ハリー

SSかずのり
演説や説得、議論などにおいては、賛否分かれるが、ゲーム理論的に感情の利用が黙認されている気がする。社会の理不尽さとして片付けられる?
人間関係全般においては、肯定されないと思う。
第一、質問で挙げられた感情は、通常人を不快にさせるから肯定されないものだと思う。しかし、「それらの感情を利用したことのない人だけ、石をぶつけなさい。」という、一定の許容範囲はあると思う。この戒めがあるから許容範囲が生まれ、その範囲の中で、利益や社会のために一定の不快さは受け入れられると思った。
結構偏見が多く混じってます。

シフ
後でその利用方法を取ったことを公開された場合に非難されないこと? なら多分必ず大なり小なり非難する人はいると思う。
感情を戦略に使うこと自体を卑怯と思う人はいるからな

サト

II

むかで
内外で常にやっている事だと思います
意識がある時に感情が無い時は無いと思います。
冷静、凪など、何かしらの言葉にできます。
問題は受け取り側でしょう。
相手の感情に揺さぶられるのは、自分にも感情があるからでしょうね。

サイゼの小エビ

リュウジ

りん
戦略的利用の時点好ましくないことは確か。
そう考えるとどの場面においても肯定はされづらいけど有効な場合も当然ある。
面倒なのは利用を自覚せず利用して、あたかも自然な感情の発露のみであると主張してる人もいそうなこと。
そう考えるとこの面倒な場合の時、私は否定をしたくなる。
まあ、見分けられないのがさらに難問だが
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