あなたは、「考えている」時間と「感じている」時間、どちらのほうが本当の自分に近いと思いますか?

かお
複雑な作業をこなしている間は、大半は考えてる。
自然の景色を見ている時は感じている。人工的な景色は半々、、、キリがありませんねw

なんしー

流動的モンスター
感じている時はただ一瞬の受け取りなので
いろいろな経験から精査して自分自身を確立しているのが自分だからです

サブロウ

太陽
偽の自分がいるんですか?笑
自分の中に?笑
考えるのも感じるのも自分ですよ笑
他に誰が居るんですか🤣

しん
私たちは普段、自分について考えています。なぜあのとき怒ったのだろう。どうしてあの選択をしたのだろう。自分はどんな人間なのだろう。そうした問いを通して、自分を理解しようとします。考えることは、自分を振り返り、整理し、意味を与えるために欠かせない営みです。
けれど、考えることはいつも少し後からやって来ます。
たとえば、夕暮れの空を見て思わず立ち止まることがあります。誰かの言葉に胸が温かくなったり、反対に傷ついたりすることもあります。好きな音楽を聴いて理由もなく涙が出そうになることもあります。その瞬間、私たちはまだ説明を持っていません。ただ心が先に動いています。
何を美しいと思うのか。何に安心するのか。何に怒り、何に惹かれるのか。そうした反応には、その人が大切にしているものや、その人らしさが表れています。そしてそれらの多くは、考えて決めているというより、気づけばそう感じているものです。
もちろん、感じることだけでは十分ではありません。感情はときに誤解を生みますし、自分でも理由がわからないことがあります。だから私たちは考えます。なぜそう感じたのかを振り返り、自分自身を理解しようとします。考えることによって初めて見えてくるものも確かにあります。
それでも私は、考えは自分を説明するものであり、感情は自分を映し出すものだと思います。考えは後から整えられますが、感情はまず先に現れます。そこにはまだ言葉になっていない、その人らしさが含まれています。
だから私は、「感じている」時間のほうが本当の自分に近いと思います。考える前に心が動いた瞬間に、その人らしさは最も素直に表れている気がするからです。
なくしもの

こー
寝ている時間は考えておらず、感じてはいるだろうと推測したからです。
基本的には、常に何かを考え、また感じているので、これらは両立しています。
考える・考察することは、一定の理性のもと行うもので、感じる・感情は、何かしらの要因で自然発生的に生じるものです。
よって睡眠中は理性がないと判断し、考えていない
自然発生するのであれば、睡眠中でも感じているので、感じている時間の方が長いです。

まさたか†
考えている時間は感じている時間に対しての言動を起こすワンクッションだと思います
例)
眠いな(感じている)→どうしようかな(考えている)→寝る、もしくは少し起きている(考えた結果の行動)

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