私たちは世界を見ているのでしょうか。 それとも自分の前提を通した世界を 「世界」と呼んでいるのでしょうか。

ワシじゃよ、猛禽猛禽
個人的にはみんなが同じ世界を見てるとは思わない

SUZUME
共通認識ではなく、
皆が各々に各々の世界を
創りあっていて、
一致している認識の人同士が
一致している部分が重なり混じり合い
『交流』が生まれ、認識が広がり、
更新された情報等と合わせて
『再構築』していくものである
と考えます。

風の音
そこには何が描かれてますか?
例えば木の顔を見ると、外の動物などが見えなくなり、地面に生えているキノコを見ると、さっき見ていた木の顔が見えなくなります。
私たちは、色々なことに目を向けますが、見ている世界は“自分が見聞きする範囲内の世界”であり、それぞれの世界は違うと思います。
今、日本にダブルタイフーン仮面ライダーが来てますが、それを全く知らなかったり、大きな地震があったことも知らない人もいます。
全盲でなにも見えない人もいますし、絵を描いたりピアノを弾く人もいます。
宇宙やそれをつつむ空間を含め、私たちは取り巻く包括的な世界の中に生きていますが、お題の本文の選択で言うと後者に近いものと思います


みちえ

〆さば
人にはそれぞれ世界があり、たまに重なったり離れたりで、本質的には孤独なんだと思います。

とも
たれぱん
たろう☸️
例えば、人が物を見る際に、物に反射した光が網膜に当たって視神経を通って脳に届いていますよね
網膜は平面なのに、立体的に認識する事ができます
平面的な情報を脳が立体に処理して推察してるのだと思います
脳が推察する際に、必要な情報だけ残したり、強調する事で、世界をありのままに認識する事はないと思います
ありのままに認識できてれば、交通事故や交通違反は激減するはず
限りなく正確に世界を認識している為、同じ風景を見て感動したり、相手を認識して対話する事が可能なのかと
人は自分が認識する世界を歩んでます

憂い顔の騎士

款冬
ルービックキューブを買ってみては?
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