この議題。NT型なら議論してくれると思って。。
私は、多分人間は地球に必要とされていないんだなって思っていて、その理由が、感情と理性があるから。本当に地球に人間が必要なら、他の動物みたいに、本能で発情して誘って子供を作るような種にしてたはずだと思っているから。
という事で、
・種を残さないと絶滅してしまうにも関わらず、人間に理性と感情がある理由。
これで議論したいです。

ザキナサス
むしろ人の在り方が一番効率的だったのでは?
本能だけで足りない部分を補う為の理性だと思っています。
地球が調整した種と地球を調整する種の両方の意味で「地球の調整モデル」
それが私の人のイメージです。
人以外がそうだから正解だとは限らないと思います。

てつ
みたいな話なら、人間に限らす割と色んな動物にも当てはめることができそうで面白いなと思いました。(タヌキが鈍臭いのになんで生存できてるのかみたいな)
一旦仮説として有り得るのは、「そもそもそれらの要素が不利ではない」という可能性。
直接的には人間の視点で不利に見えるというだけで、その形質は実際のところ巡り巡って存続に有利に働いてはいるが、誰もその因果関係を説明出来るひとがいないだけ、という説。
あと、種の存続って別に個体数が継続して増え続けなきゃ行けない訳じゃなく、要は個体数が完全にゼロにならない程度でなら増減は許容範囲になります。今という瞬間を切り取ると人間が増えにくい要素の塊みたいに見えてると言うだけで、時代が変わったら上手く噛み合って急激に増え出すかもしれません。

ほーむしっく
その中で繁殖能力が高いものよりも頭脳が発達した種が環境すら変えながら生態系のトップになったと思う。
感情と理性は人間以外にもあるけど、人間ほど高度な理性を持つ動物はあんまいない。
これは人間は感情を表に出すと不利な場面が多かったから理性がしっかりとしたのが生き残ったからだと思う。
っていうの人間は集団で生きる方向に進化して、群れは国っていう集団なら数億人だし古代とかでも数千〜数万人になるからルールを守らなきゃいけない場面が多々あったと思う。
ちなみに、体型が今の人間と同じくらいで火を使える原人が中国の洞窟に住んでいた痕跡を調査すると当時の生態系のトップは原人じゃなくてハイエナだったってことがわかっている。
このことから、今の人間が生き残ってきたのは理性とかコミュニケーションみたいな集団として生きる能力だと思う。

あかさたな
まず動物にも感情はあります。でなければ驚異にたいして逃げたり、気に入らければ攻撃したりなどしません。恋愛感情に近いものもあり鳥なんかは嫌いな相手との交尾を拒否したりパートナーが死んだら後を追う鳥もいます。
むしろ感情自体は驚異に面したとき種の存続に優位に働きます。
次に理性も他の動物に見られます。子育てなんかはその最たるもので子供だけではすぐ死んでしまうし子供がしに続ければ種の存続に関わります。
理性自体もまた必要なものです
議題からはずれますが本能的な発情について。まず動物には3種類の配偶システムがあります。一つは鳥などにみられる単婚(男1女1)、次に複婚(男1女多もしくはその逆)、もうひとつが乱婚(男多女多)でありどのシステムも種を長い間残せています。
次に発情期の有無ですが季節性の発情期は野生において決められた季節に交尾しないと子供が死んでしまうためのもので家畜化された動物は徐々に失われる傾向にあるそうです。家畜の発情期ですがこれはヒトの排卵期と一緒です。ヒトも含めメスの排卵期には性欲の増加やオスにホルモンの影響で魅力を感じさせやすくなり"誘って"います。
結論をまとめると感情理性は共に種を残さない要因になりえていないので議題自体がずれています

しん

ふーご

りん

しょー
きりんが唯一首の長い生き物のように、人間は唯一理性を持った生き物、なのでは?
地球はどんな生き物も必要としないし、拒絶しない。たしかに、地球に多くの悪影響をもたらしたのは人間とも考えられるけど、実は「人間に住みやすい地球」に多くの悪影響をもたらしてるだけなのでは?
まぁ、宗教的な、神様を持ち出して、運命を語るなら、あるいは人間は地球から必要とされてないとも言えるかもしれないけどね。

るる
多産=種の存続・繁栄に直接寄与するわけではありません。
環境によって、種の生殖及び繁殖特性が変わると言われています。人間(ホモ・サピエンス)は子供が成体となるまでの期間が長いため、子育てにそれなりコストをかけないと種が存続しません。ホモ・サピエンスは、1子個体を成体まで手厚く養育することで種の存続の確実性を上げ、環境による淘汰圧を乗り越える戦略を取った種、ということです。
つまり、無計画な繁殖行為は養育コストが嵩み、種の存続に寄与しないため行われない、ないし行われずらいものである、というのが一般的な見解かと思われます。
理性と感情が生殖行為と結びつけられるようになったのはたかだか紀元後のキリスト教の広まりに応じてですので、感情と理性が際限のない生殖の保護弁となっている、というよりはキリスト教の倫理観が導入され、欲望による無計画で享楽的な生殖行為が望ましくないと言われるようになった、がより正確かもしれません

音佐りんご。
そういう風に考える種類の人間は。
けれど、人間ってものすごく多様性があるので、感情と理性が導き出す答えというのは一つじゃなくて「子孫残したい」か「子孫残したくない」の二つでもなくて
「どっちでもいい」とか「デメリットはあるけどメリットもある」とか「デメリットの方が明らか大きいけど子孫残したい」とか「いや子孫残した方メリット大きいじゃん。まぁ私は残したくないが」とか無数にあるのよ。
そんで、「子孫残したくない」反出生主義者は子孫を残さないからたぶんいつかは滅び去るけど、それがいなくなったら「子孫残したい」か「残してもいい」人間しか残らないから、ある程度は絶滅しない可能性があるのよ。
問題は「子孫を残したい反出生主義者」とかいうなんともいえない存在がいるから、その思想が消え去ることはないし、少なくとも生きてる限りは反出生主義という思想を撒き続けるということ。
余談だけど、人間が絶滅してもしなくてもどっちでもいいけど、真面目に存続しようとしてる人間の邪魔をしてる思想は害悪だと思ってます。
そんなところ。
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