存在とは、 「ある」ことですか。 それとも、「意味づけられている」ことですか。 もし意味を剥がしたら、 それでもそれは「ある」と言えますか。
あなたはどう思いますか。

まえば

SUZUME
『存在』は
名前や概念、認識の無い
『ただそこに存在している何か』
として
全てが未分化の状態で
一括りにされると考えます。

ノブ

憂い顔の騎士

地球さん

風の音
例えば、ダークマターは、まだ発見できていないが確かにあるだろうと学者たちは発見に努めています。
未だ発見されていない生物がいるとして、名前もない状態なのにどこかには存在しています。
人の認知(意味付け)がないと存在とは言えないと仮定すると、それらの物質や生き物は、確かにそこにあるのに「存在しない」となってしまいます。
生物以外では、例えば潜水艦が水圧でぺしゃんこになってしまう深度より深い海の先は、まだ解明されていませんが確かにありますよね?(地球の裏側があるので)。でも、人がそれらを発見し、名前をつけたり意味付けなければ「ない」と言っても、確かにそこから深い場所は存在しています。
また、ボールを机の上に置き、そこから名前や丸いものといった意味を消去して言ったとしても、目の前にはその物質が存在しています。
なので、私の回答としては存在とは「ある」ことで、「人の認知による意味付けをもってはじめて存在となる」というのは学問的理屈と思います

ろん
物理的なモノならそれは気持ちの持ちようでは消えません
しかし概念なら簡単に変わりますよ、やろうと思えば恋人を一瞬で消せるでしょう?

shiロᒼᑋªⁿ
主観と客観、或いは関係性によってそれは象られるものだと思います。存在するというのは在ることでもあるし知覚している、認識し、されていること。相互の作用もあります。
鬼籍の場合だとまた話は別でしょうけれどね。

ぬるぽ
長いけど頑張って読みたい

🎮💧
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