どうして人は生きてるのですか?

トリアタマ
いつ、どこからかも
わからないまま
ただ巡りに押されて
発芽する
摘まれないように
ひっそり
太陽を求めて
伸びていく
咲く、瞬き
身勝手な美しさで
摘まれる
だから
息を潜める
七分咲きの花弁
背景と化し
遁走
最後は
理由もわからないまま
静かに
枯れていく
咲いたことすら
知られないまま
#ひとりごとのようなもの #悩み相談 #今日の1枚 #GRAVITY友活 #短歌


ぬらぺっちょ
さっきまでイチゴの種は実に付いて生きていた。
生クリームに乗っかって美味しく甘く。
今はイチゴは生きてないのかな?
そもそもイチゴは生きていたの?
その命を頂いた私は生きているのかな?
私がAIじゃない証拠ある?
貴方もイチゴ食べて生きている証拠、誰か知ってる?
私はその人を知らない。
でも貴方は貴方が生きている事知っているよね?
だから知っているって事がどうしてってこと。

さくら
人との関わり方です最後に生きる意味がわかるんだと思う

あお🫧
人は、しばしば「生きる意味」を探す。
何のために生まれ、何を為すべきか。
それを見つけられなければ、不安に沈む。
けれど、世界はもっと単純なのではないか。
生きるとは、
種をつなぐ
それだけの営み。
意味の有無も、幸福の定義も、
この連鎖の上に、あとから貼られた飾りにすぎない。
たとえば、ダニという小さな生きものを思う。
獲物が来るまで、十八年を待ち続けた個体がいたという。
ただ、そこに在り続ける。
飢えを抱えたまま、動かず、ひたすら「時」を耐える。
思考する人間には到底できない。
私たちは“意味”を失うと、すぐに崩れる。
しかし、意味などなくても、生はつづく。
ダニはそれを、沈黙のうちに証明している。
「種をつなぐ」という大きなうねりの一部であると自分を定義し直せば、
個人は、広大な生態系の中の「静かな待機」へと変わる。
生きるとは、
もしかすると「意味を求める力」ではなく、
「意味がなくても生きられる強さ」なのかもしれない。
──生きるとは、意味を探すことじゃない。
すべては、種の存続に帰結する。
種をつなぐという、
ただそれだけの営み。
そう思うと
生は驚くほど、静かだ。
#生きるとは#終焉まで#福音#再投稿忘備録#ことばりうむの星


サイゼの小エビ
社会的な意味では、相互認知のため。
生物としては、できれば種をつなぐため。

たむい
自分が作らなくても食べることができる
自分が運ばなくても荷物が届く
自分が整備しなくても道を歩くことができる
等々
お金というものに惑わず
起きている現象だけ捉えてみてください
みんながいるから
自分の今の生活が成り立っていることに気付き
みんなに感謝する
自分への感謝を意識する
そうしてさらに人を幸せにする
ささやかな行動をまた一つ増やす
天照(てる)
おひとつどうぞ(^O^)/🍅
#AIアート


pophat
変えてやりたいから、
どうしても生まれてくる必要があって、
手を出し口を出し足を運ぶために、
いま生きている。

一ノ瀬

しょー
もっとみる 


