愛することと愛されることどちらが大事だと思いますか?
どんな定義でもニュアンスでも構いません。

ノンアル
欲すると離れていく
与えるとソコにある
平等なんて無い愛及屋烏がマトモな気持ち

憂い顔の騎士
結婚するな、愛されること。

春蕾

しげき
愛さなければ愛されることは絶対にない。

Noriko
どちらか片方ではないと思います
ソマチッド
どちらも大事

風の音
その心が世の中に満ち溢れたら、欺き・暴力・犯罪、争い等、他人を傷つける言動に対して配意できるようになるのでとても大事なことだと思います。
ただし、これはお題が言う“愛”が「社会的悪人への愛」になると逆になります。テロリストを崇拝するものや、悪のカリスマに魅入られた物達がリーダーの喜びを自分の喜びと感じる場合はあらゆる悪事も喜んで実行するため大事とはいえなくなります。
「愛される」のお題の定義が“自分が愛した相手から”なのか“不特定な人から”の愛なのかが曖昧ですが、「ああ、私はこの人(彼ら)に愛されてるなぁ」と感謝し喜びを感じる世界が拡がれば、それはそれで大事なことと思います。
しかし、誰かに愛されているか?は感じることができる人と鈍感な人がいるので「まずは自分から誰かを愛する」ことからやってみましょう。
グラビティーで悩み相談する人たちには「自分を愛すること(自己愛)」から始めて欲しいです[笑う]

正宗(ろー)
当人は愛しているという認識があっても、観測者や受け手が愛されていると認識しない事例があります。
こういった瑕疵を想定しなければ、愛することが大切だと思います。
➔ギバー的な与える愛。
➔システム論的に、ギブがないとテイクが生まれないので、鶏が先か卵が先かでいうと、ギバー的な愛するが必要になると思います。
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愛は自分の行為を正当化する免罪符でもなく、単独行為でもないと思います。
ある男性が、バレンタインで、面識の無い女性に手作りのお菓子を渡そうとしても、手作りだと怖いですよね。
何が入っているか分かりませんし。
この場合は、お菓子を贈ることが愛することではなくて、相手にとって自己の行為がポジティブに働くのか、ネガティブに働くのかを考える必要があります。
また、逆パターンもあります。
重い障害がある児童が、不自由な片腕と口で一生懸命作ったぬいぐるみがあったとして、このぬいぐるみに唾液がたくさん付いていたら、受け取った者は不衛生に感じることが多いと重います。
このぬいぐるみを受け取り感謝することも愛だし、不衛生と感じたことを伝え、正しいやり方を教えるのも母親の愛の形ではあると思います。
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愛すること、愛されること、いずれも大切だと思いますが、その前提として愛を理解することが大切だと思いました。
その意味では愛されることで、愛を知ることができます。
なので、愛すること、愛されること、愛を知ることは循環構造になっているのではないでしょうか。
さんかく
愛されたいと思っても愛するを知らないと
愛されてる事に気づけない

リキ
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