苦しさを手放したら、何が残るか考えたことはありますか?または、手放したら何が残りましたか?

山田
苦味がないゴーヤも美味しいのかな。

憂い顔の騎士

🫠さ丸
多くの人は無意識に
• 苦しいのは当たり前
• 我慢するのが大人
• 文句言わず耐えるのが正解
って思わされてる
だから「苦しさを手放す」
って言葉が出てくると
• 逃げること?
• 努力放棄?
• 現実逃避?
みたいに混乱する
「苦しさを手放す」ってのはこれ
• 苦しさを美徳にしない
• 苦しさを自己責任にしない
• 苦しさを構造として見る
ってこと
じゃあ手放したらどうなるか?
答えはシンプル
① 「自分がダメ」という思考が消える
苦しさ=能力不足って思い込みが外れる
→ 無駄な自己否定が減る
② 「変えていい」という発想が出てくる
我慢する前提が消えると、
• ルールおかしくない?
• 配分おかしくない?
って思考が前に進む
③ 他人を殴らなくなる
自分が苦しいと
• 下を叩く
• 弱い人を責める
これが起きやすい
苦しさを手放すと攻撃が減る
④ 「生きる」が軽くなる
頑張らなくていい、じゃない
怯えなくていい ここが大きい
だからこの質問、スピリチュアルでも
ふわふわでもなくて、かなり社会構造の話

正宗(ろー)
・お金への執着心
・社会的評価
・劣等感
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手放したらどうなったか
・社会から逸脱するようになった
└逸脱していても危機感や疎外感は無い
└とはいえ社会適応の課題は残る
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まとめ
社会適応の問題から、社会適応の問題に遷移した

仁
決してそれは苦しさではない。(僕にとって)
後、近いものでは何があるだろう? 不安?
不安はいつも僕を苦しめる!
そうか、答えに近づいたような気がする。
でも不安を手放す? できることならそうしたい。
不安を手放せたらどんなに素晴らしいだろう。
でも、何が残るんだろう?

さたさた
それらは今、形を変えて僕の中に居て。
僕を苦しめる事はなく、少し周りに優しくなれたりしてる。
辛い苦しみも自分の中の素敵な感情なんだと、今はそう思います。
ソマチッド
それを手放したら自己卑下しない心が残った

みお/水鏡きらら⑅⃛

〆さば
悩みと苦しみからメンタルが折れました。
その後、無能有能は能力そのものではなく周りのパーツとの兼ね合いだなと理解。
無能有能で物事を見なくなりました。
辛くなることが減った分、より孤独になった気がします。

はかり
・自由(束縛されない状態という解釈)に対する異常なまでの執着
正直、少しづつ執着しなくなってきました。
やりたいと思った事はなんでも手を出す事ができるって考えを持って試みてきました。
結果、自分の手札で出来る事が浮き彫りになって来て、次第に出来る事の中から選択するに変わってくる。
手札を増やすリソースの確保が難しくなってくる。
そして自由に対する解釈が変わる。
結果、遅れながら協調性と他者の経験に対する敬意を獲得したと思っています。
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