共感で繋がるSNS

赤子はナイフを恐れない→死への恐れは本能ではなく知識。どう思う?

すぐに捨てられた赤子は、瀕死の際に「死の恐怖」を感じるのかな…?
きいろ

きいろ

その恐れを受け入れる器、次第かもしれない。

達観した人は、死を恐れないというし

赤子はそもそも受け入れるしかない境地。
それゆえの器の大きさ、深さ。

なーんて。偉そうに講釈垂れてみた。
#ひとりごとのようなもの
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY18
アヤカ

アヤカ

おっしゃる通りかと思います。
世界を知ることで絶望するのだから。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY14
よん

よん

死への恐れは本能ではなく知識だと思います。

死ぬのが恐い理由って例えばどんなことがあるのかというと、まず、人(その他の生き物も)や物との別れを伴うからかなと思います。

何かを思い出すことも出来なくなり(これも別れ)、そしてそこから先に何かを感じ、何かを創造することができなくなる。これは恐いです。

人は何かを創造するために生きていると思います。(人間関係・芸術・ただ過ごした一日の記憶。それが美しいものでも醜いものでも)

創造した喜び(生きるよろこび)を知って、また創造したい(まだ生きたい)と感じる。(それが美しいものでも、醜いものでも)

それができなくなることに対する恐怖。

つまり、死への恐れは本能ではなく知識だと思います。

例題にある、すぐに捨てられた赤子が瀕死の場合は、空腹や不快感で苦しむ場合はあっても、恐れは無いのではないかと思います。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY12
8月

8月

赤ちゃんは全力で守るものなので、この例えは心が痛みます。ナイフという死に繋がる存在を知らなくても、赤ちゃんには死への恐怖の本能はいくつもあります。

例えを大人にしてもいいと思います。
見たことのない装置を目にして好奇心で近づいたら爆発した。装置=ナイフです。その存在を知らないのは赤ちゃんも大人も同じです。ですが、死への恐怖は本能で存在します。
哲学哲学
GRAVITY1
GRAVITY10
サイゼの小エビ

サイゼの小エビ

ナイフで手を切ったことがなければ、ナイフを恐れないだろうさ
飢えたら泣くのだから、当然死は恐れているだろうよ
哲学哲学
GRAVITY1
GRAVITY9
憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

死は体験。子供の頃から、ペットの死、祖父母の死、仲間の死、周囲の人間の死の積み重ねによる体験
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY7
pophat

pophat

自分を壊さないための、強制ログアウト的なセキュリティだとは思うので、子供の頃はそれよりも目先の目的の方が大事だった
大人になって目的を忘れたり目的のすり替えによって恐れが過度になっている

知恵と言うよりは、忘却が恐れを生んでいるとは思います。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY10
白鴉🐦‍⬛

白鴉🐦‍⬛

知識が入る事で防衛本能はグレードアップする
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY4
ソマチッド

ソマチッド

人は温もり以外真実の何かが分かるのだろうか
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY4
角もぐら

角もぐら

死を恐怖で彩ることは知性的に映される本能?
哲学哲学
GRAVITY2
GRAVITY3
もっとみる