罰は何のため?(本文参照)
〈状況〉
悪いことをした人がいる。
反省しているかどうかは分からない。
〈問い〉
①罰は「悪いことをしたから」与える?
②それとも「もうやらせないため」?
③被害者が「罰しないで」と言ったら?

きやっぴぃ♡
罰は快楽のために。
罰は愛するために。
罰は罰を受け入れるために。
罰は、愛されていると覚悟を決める時。
罰は羞恥解放のために。
罰は自分の愚かさを、自問自答し見つめ直すために。
そして、見えない眼の前にたちはだかる壁に挑戦しようとする自分を戒める為に。
その先に待つ、未知の快楽にまた縛られる為に罰に甘んじる事を欲するように。
とか?
眠くて頭が働かないので、間違ってるかも。
あまり深く考えずに描いてみたよw

🫠さ丸
境界を示す
関係を修復する
社会に戻すためのコスト
現実は
逸脱の排除
不確実性の削除
ルール違反の最小化
「悪いことをした人」ではなく
「システムに合わない挙動」を罰してみせしめにするためかな

憂い顔の騎士
ただし、例外あり
②抑止効果はある
③減刑事由にはなるが、処罰対象である以上は罰せられる

正宗(ろー)
❷個体に対する罰としての罰
❸罰したい欲の発現としての罰
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❶について
人間は首輪や足枷を付けずとも、『外的報酬』と『罰』を規定し、これを実行することで、個体や群れの行動をかなりの割合で統制できます。
好ましい行動をしたら報酬
➜売上の達成、お座りして授業を受ける
好ましくない行動をしたら罰
➜皇帝の暗殺、窃盗、詐欺、ご飯お預け
これらは設計としての罰。
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❷について
これは社会的学習を促す機能としてこ効果を持ちます。
鞭で打たれれれば痛みを伴いますから、その苦痛が学習材料になります。
反省があればそもそも罰はさほど必要ないのですが、非を非として認識できない場合や、認識を拒否する場合も多く、そういった場合の強制介入装置として罰があります。
これは手っ取り早いので多用されがちですが、状況・場面・意図・目的・強度が噛み合っていないと対象の心に歪みを生む可能性もあります。
一方で、適切に使えば効率的な成長や学習を齎すので、本人のためになる場合もあります。
この場合は、罰そのものが悪いのではなく、『状況・場面・意図・目的・強度』の計算や判断がテクニカルなので、上級者向きなのが本質なんだと思います。
その本来上級者向きのものを、上級者向きと思わず使ってしまうから、多用しがちだからまずい、ということかと。
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❸について
おそらく一番多いのがこれです。
自己のプライドが傷つけられたり、不快があると、幼児でも物を投げたりします。
自己の内側に不快があるとき、それを浄化・発散させようとする生理的な動きがありますから、ここが未発達だと、社会的に好ましくない方法で浄化・発散させようとします。
なぜ罰が使われるかというと、批判も同様ですが、
自分の『正』を前提とすることで、正義の剣を振りかざすことができ、
本来は不快感情の浄化・発散行為であるところ、その行為に正当性を持たせることができるので、これは多用されがちです。
中身は不快感情の浄化や発散。
しかし、本人の中では教育のための罰という認識で、さらに、本人も自己の認識を改めたくない場合が多いです。
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被害者が望んでいない場合
この場合は保護法益の概念だと思います。
罪から守るべき対象が、社会なのか、個人なのかというのがあります。

〆さば

サト
罪に対する罰は仕方ないと思う
社会的には言い方悪いけど見せしめという1面もあるのかな

