『哲学を楽しむ』、『楽しみながら哲学を行う』はどれくらい困難か?
科学や数学を楽しむ層がいるが、哲学の場合はどうか

☀️ヒーローサン🌻
人によってかもだけど
俺は楽しいよ
としゆき
人生の意味や人間の幸福といった身近なトピックについて誰かと論じ合いたいような比較的ラフな哲学の種類であれば、取り扱う題材をラフなもの中心に限定し、それについて語り合う場を維持して話し合っていけば、直接的な人間関係や問題の内容そのものの難解性を除けば、これといった困難さは生じないように思えます。
しかし、哲学そのものを究めたい、哲学をより高尚な理念として取り扱い、気軽に楽しむ比較的ラフな哲学の領域も内容の不成立という指摘という観点から否定する目的の類いのものであれば、設定目的の異なるラフな層とどうしても対立が生じ、活動における一定の困難さが生じてくると思います。
つまり、何を目的にしているかをきちんと明文化し、何を探求し、何を楽しんでいくかという、それぞれの設定を事前によく確認できるか否かの明白性が、哲学を楽しんでいく人々の困難さを決めていくものと考えられます。
ソマチッド
幾重にも融合反応し楽しむ余裕を忘れるくらい
追い込んでしまう事もある
それくらい困難

ゆうきゃん
極めていくと真理との隔たりに悩まされて苦しい

たよ
むしろその差はなんなんだろう…

SSかずのり
皮肉を楽しんで糧としろ。
例えば、「哲学を楽しむ方法を哲学で探してしまう自分」を笑え。
あと、言葉で味変しろ。
哲学用語とか絵文字とか使っちゃえ✌️😂

シンジ
ジョニィ
困難かどうかはその人の思考パターン、楽しいかどうかは余裕があるかどうかに由来すると思いますよ(っ ॑꒳ ॑c )

ソフトメタボ

GERA
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