心や魂の存在を求める必要はあるのか
認識できる意識が全てで良いのでは?

正宗(ろー)
骨でもいいし、魂でもいいし、写真でもいいし、なにか母がこの世界に確実に存在していたということを確認できるものがないと、死の受け入れに時間がかかったと思います。
母の理念は私の心に受け継がれ、母の魂があることで死が消滅ではなく、承継になるように思えます。
昔は現代よりもさらに理不尽に人命が失われていたと思いますから、心と魂いずれもその存在が必要であったと解しました。

山田

〆さば
私は物語の熱い展開に熱さで泣く人間なので、どうしても心や魂という言い方が必要です。
認識では説明し切れない感(あくまで感です)がある。
最近泣いたのは久しぶりに読み返したテラフォーマーズの2話か3話で艦長の個性がバレットアントだ!という説明文の煽りを読んだ時です。昆虫好きとしては激アツですよ。うおぉぉ!となりました。

仁

ななな

たむい
見えている存在が成り立つための仕組みを理解することで、より美しさを探求できる
と私は盲信しています

はかり
無いと信じているとしても
それが有ろうが無かろうが、
象徴としてあるって事が便利であり、価値を見出すことが可能なのだと思います。

