而学、不惑、知命、耳順、従心、その歳に達した方の自己採点を伺いたいです。
若輩故、天命を知る等、想像がつきません。実際にどうでしたか?

憂い顔の騎士

タヌキ
概念的には「その状態が安定している」となって、不惑などに至ると考えられる。
そう言った意味では0点。

正宗(ろー)
高貴な人ですら人生50年時代ですから、耳従と従心はそれだけ困難なことを示唆しているようにも思えます。
私は思想(スタンス)的に知命は遠そうです。
自分の中では、悟りのようなものを意識するよりも、青年的な冒険心を持ち続ける方が是とされています。
また、師と仰がれることもあまり善としません。
根が儒教でななく、共創とか共生成です。
目指している人物像は聖人君子や賢者の類ではなく、バックパッカーや海外暮らしで世界を歩いて、自分の世界認識を更新することです。
『世界はこんなに愛に溢れている』と心の底から思える貌(かお)になりたいです。
そして、その世界・社会・文明・人類に対して恩返しできるのが理想です。



kaede

ぬえ

なずむ

〆さば
なるほどと思う部分がちらほら。
子供が巣立った後に第三ステージかなぁ。


グン

🍊🍊🍊

ノゾ
志学の時、僕は女の子とゲームと娯楽としての書物のことばかり考えてたけど、あの頃多くを勝手に(人と世界から)学んでいた気がするし、当時歴史を楽しみ始めたのも確か。
而立に前後して結婚し、それまでとは仕事への向き合い方が明らかに変わった。でもさせられる仕事であって、立ったとは言えないね。
不惑に至って会社都合で失業したけど、それまでの経験から自分の生き方はこれだなというブレない軸ができていることに気づいて、大して不安もなく次へ進めた。
今、知命に至る。
天命という言葉を、天から授けられた命令と解釈してる人が多いと思うけど、それはちょっと違うという認識。
天とは宇宙の本性。どうあがいても抗えない世界のあり方のこと。
命とは自分の本性。そう生まれついた自らのあり方のこと。
(孟子にそんな一節がなかったか?)
知っているなどと思い上がる気はないけど、受け入れて、それに沿った生き方や高め方をしていこうとは思っている。
耳順や従心の境地に到れる自信はないものの、今から意識して生きたいな、とも。
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