そういった感じの偶然の一致に対する理由やメカニズムを探ろうとする理解への探求心が、何かの根源を知ろうとする学問的探求の礎になったのだと考えています。占いや動物崇拝、天候や自然災害への儀式的行動による危険回避といった行動は、基本すべて原理的にはなんの論理性もありませんが、占星術であれば数学研究の発端、動物崇拝であれば生物学や生命倫理への思考の推進剤、天候や災害回避のための儀式的行動は宇宙への知的好奇心等の天文学一般の起爆剤にといった、現象の解明という知的活動への傾倒を産むのだと考えています。そして、それらが探求の歴史を通じ、どの部分には根拠があり他のどの部分は非論理的で無根拠なものかということが解明され続けてきたことで、いわゆる何が『神秘』であるかが明らかにされたのですが、人間は十分な学習や必要な思考経験を積まないいわゆる「デフォルト」状態に近い人たちにとっては、何が神秘でそうでないかの判断が難しいので、タロットや"力"なストーン、心霊現象や陰謀論といった神秘以上の無根拠にも心惹かれ、常に話題の最優先に上がっているのだと考えています。