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自分の中の醜さは何ですか?またそれとどう向き合っていますか?

外形的な醜美の話でなく、一人の人間として、醜さを持っていますか?それは何で、どう対峙していますか? 例として、私は自分の卑怯さとずっと戦っていますがここぞという時にいつも負けてしまい、汚点として記録することが多いです。 私にとって醜さとはその瞬間の状態で、記録すべき過去です。そこを参照点として次の瞬間に臨みます(負け続けですが)。
モモ

モモ

比較からうまれる黒い嫉妬

自分を評価ではなく、承認する習慣を持つ
→『私は今こう思ってる、感じてるんだ。』だけで終わること。この承認の習慣は、自分が変わることのできた一歩。
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🌱かなりあ🏝️

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感謝がほしくて行動をしている事に数年前、気づきました。

「ありがとう」が欲しくてやってると気づいていなくて、自分、ちっさ!となり[照れる]恥ずかしくなりました。

その話をしてから、子どもは必ず、私に「あざす!」と言ってくれるようになりました。気を違ってくれてます…[泣き笑い]
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

他人の目を過大に気にすること
極力他人と直接関わらないようにする
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パン

パン

​私の醜さは劣等感😔昔からの背伸びが抜けず、劣る自分に沈んでしまうのに、外面だけ整える良い格好しいな自分が嫌になる。いつか「私は私」と笑って認められたら。逃げずに向き合っていきたいな。
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이안

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「承認欲求」「臆病さ」「他人と比較してしまう心」です。これらを排除すべき悪ではなく、自分の一部として「抱きしめるべき欠落」と定義
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正宗(ろー)

正宗(ろー)

[星2]はじめに

上手く構造化できなかったので、自分語り調です。
逆にこの方が問に対して真摯な表現だと思ったのでこのままにします。

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醜いという感覚はまず滅多に湧かないというか、知覚していないだけかもしれませんが、無いと言って差し支えないくらい無いです。

ただ、成人君子のような振る舞いができているという話では全くなくて、自分の怠惰や堕落、意志の弱さ、愚考と愚行含めて、『これが自分』という感覚が常にあります。

自己正当化とも異なり、私の「善」であろうとする意識は、自分の愚行を当然に包含しているというか、前提にあるというか。

バナナに腐った部分があっても、それは醜さではなく、それがバナナだと認識しています。

食べて腹を下すほどのものでなければ少し不味いだけですし、腹を下すほどのものだったとしてもそれはそれで学びになると思います。

『醜さ』という語彙のニュアンスとは合わないのですが、人や社会から非難されようと、断罪されようと、
私は自分の心と頭で考えて、相手のことを考えて、社会や場のことを考えて、上手くいったり、上手くいかないこともありますが、『姿勢』はきっと届く、いつか届くと考えています。

方位磁石に磁石を近づけたら方位を指す針は動きますから、そういうダイナミクスがあるのではないでしょうか?

娘が自分の◯◯が醜いといって悩んでいたら、私はおそらくなんでそう思うのかを聞いて、その後にそれは正常だよと諭すと思います。

浪費癖や暴力癖や行動障害があれば、共同生活に支障をきたすので、改善のためのトレーニング等が必要になるかもしれませんが、共同生活にさほど支障がないものに関しては、親しい人であれば『赦し』や『ケア』や『理解』を心掛けます。

おそらく『醜さ』を評価していなくて、心が健全に発達するように導いてあげたいという気持ちから生じる態度だと思います。

ここで、『愛』と『醜さ』の関係に少し興味が湧きました。

恋人が、恋人自身は醜さを感じていることがあったとしても、その葛藤を抱えている弱く、愚かで、高潔な人間的存在に対して愛おしいと思うことはないでしょうか。

その感情的なものを自己に対しても向けているのかもしれません。
(ナルシストとは異なるニュアンスでの自己愛)

メンタル的には安定していますが、ハングリー精神的な原動力が無いので一長一短です。
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🎮ともしゃん 🌱(ゲーム好き)

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相手の気持ちや状況は理解できるのに、同じ立場に立たず、自分の基準で判断し続けるところにある。
寄り添うことはするが、流されない。
そのため物事を安定して進められる強さになる一方で、相手からは距離や冷たさに見えることがある。
一緒に崩れることはせず、あくまで支える側にいるため
最後の一歩で「同じ側に来てくれない」と感じさせてしまう。
この距離感が、私の強さであり、同時に醜さでもある。
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ろん

ろん

自身の醜さを自覚する為には徹底した自問自答と感情というノイズを振り払い自身で何度も反復した検証を行います。あれは誰にでもした行動だろうか?違うとするならなぜか?対象となる人物を変えて、状況を変えて、立場を変えて繰り返し自問自答します。それらの積み重ねで自己の軸と構造的な矛盾があるかないかの検証の末に世間一般でいう「醜さ」はほぼありませんでした。
しかし世間一般で言われる「悪徳的要素の醜さ」を持ちそれを自覚してなお改善しようとしない人間には「強い嫌悪感」を抱きますこれは私の「醜さ」でもあるのかなと。
向き合い方はその嫌悪感を表に出す出さない、出し方の調整、所謂自己操縦を意識しています。99%の人には理解もされないしされる必要性すら感じないのでその辺りは苦労しません
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チャームピアス

チャームピアス

足るを知らないということかと
向き合いたくなくともふとした瞬間に嫌でも目の前に立ちはだかります
バカになります
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ソマチッド

ソマチッド

エナジーバンパイア

どう向き合うかは 
あーエネルギー奪ってしまったな〜
私の言動は愛が原動力あっただろうか?と自分に問い悲しみと共に共感する
そして唄う
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