政治って国民全体で作るものだからね。そもそも選挙で国民が選んだ人が政治家になるんだから、自分が選んでない政治家に不平不満出るのは当たり前やんか。でも選ぶ基準が難しい。会ったことも話したこともない人に政治を委ねるのって難しいからね。だから、よりいい政策を考えている候補者に投票するわけやんか。でもそれは選挙パフォーマンスであって実際に政策を実行できるか否かではないよね。そもそも選挙に行かない人もおおい。「行っても一緒」「忙しい」政治に参加してないのに、不平不満ばかり。そう言う人ってさ結局政治に参加する資格ないよね。結局何が言いたいかというと、僕は政治に参加する資格が無いのでこの質問にも答える資格がないので、反省して次の選挙は必ず行きます!!てことなのです。
優しい政治とは何か、難しい議題ですので個人的に少し角度を変えて考えてみました優しい政治を標榜するのであれば、それは同時に「賢明で厳格な政治」でなければならないでしょう。感情論やパフォーマンスに流されず、普遍的なルールを緻密に設計し、将来世代まで見据えた財政運営を行う、これは、有権者に対して「わかりやすい優しさ」をアピールするよりもはるかに困難で、地味な作業ですが、必須になると考えます。したがって、私たちが「優しい政治」を評価する際には、「それがどのようなルールに基づいているか(恣意性はないか)」「その財源は持続可能か(将来を食いつぶしていないか)」 という二点を常に問い続ける必要があるのではないでしょうか?優しさが単なる「消費」や「情け」に堕すか、それとも「公正な基盤」と「未来への投資」という堅牢な社会インフラへと昇華するか。優しい政治を目指す人にとってその道は険しく、困難なものでしょうが、本当の優しい政治は地味で見えにくいものなのかもしれませんね。
誰に対して優しいのかによって全然変わると思います社長や 大手企業に優しいのならば 法人税を安くしたり 廃止すればいいことだし高齢者に優しいのであれば年金を把握の値段に上げればいいだけのことだし若者に優しいのであれば年金はすごく減ると思うし子育てに優しいのであれば3人ぐらい 産んだらバス1000万とか下手すれば3000万とか破格の支援金を回すと思うし外国人 優しい 政治 ならば 石破 岸田のようなやり方をやればいいしやっぱりお金をどこに回す かによってその政治が誰にとって優しいかが 全然変わると思います