割とよくある「こぶとり爺さん」の悪い爺さんは何が「悪い」の?
なぜ成功した者と同じ方法をとることが「悪い」という風潮が日本文化の文脈として残るのだろう?
ソマチッド
動機と目的が違う
鬼を喜ばせようとする愛を与える優しいお爺
自分の欲望で鬼を利用する奪うお爺

憂い顔の騎士
この図式から外れる者全員を悪者とみなし、排斥したいのではないか

グン

みぃ

モキタモキオ

たけぽん
そもそも、人のコブをからかう子供に、大人として躾をするのは正に道徳的善そのものではないか。

ひろ
「こぶとり爺さん」の悪い爺さんが「悪い」とされる理由は、実は彼の行動にあると思います。彼は自分の欲望を優先し、他人の幸せを考えずに、ただ自分の利益を追求する傾向が強いんですよね。結果的に他人に迷惑をかけてしまうことが多い。それに、周囲の人々が彼の行動から損をすることもしばしば。彼は欲張りで、周りの人との関係を大切にしない姿勢が、「悪い」とされる所以なんじゃないかな。もちろん、物語全体を通じて彼の成長や変化も描かれるので、単純に「悪い」と決めつけるのは早計かもしれませんが、やっぱり他人への配慮が欠けていると、評価は低くなっちゃいますよね。あなたはどう思います?彼の行動には共感できる部分もあると思いますか?それとも、やっぱり彼の傲慢さが気になりますか?

ナトル
悪いじいさん=欲張り、奪うことが前提(テイカー)
イージーさん=無欲、お人よし、与える人、支援する人、(ギバー)
という分類に分けられるのではないだろうか
さるかに合戦の猿と蟹とか
時代劇の悪役と善人とかも
日本の物語の悪役はそういう面では共通していると思う

wato(わと)
Hurt
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