今の日本社会に足りないもの
可能であれば、自分の原体験と紐づくものを回答

シス
私は結論から言うと愛国心であると考えます。こんな事を言うと前軍国主義の匂いがしますが我々日本人はそもそも海に囲まれた島国の人間であり、他国とは一線引いて生きてきた歴史があります。それ故にこの国における精神的支柱がありました。
帝国主義に食い込もうとした明治、大正という時代、グローバル近代経済に変化した世界に追いつこうと必死で走り抜けた昭和という時代、IT化によるタイムレスな通信世界とになった平成という時代、そしてAIの進化によって構築され始める令和という時代、私達は何かを代償にしてここまで這い上がってきました。
経済や生活水準という面ではこの100年大きな発展を遂げたと言えます。しかも、軍事的要素の少ない形で成し遂げました。これはとても平和的で例の少ない事象でしょう。
しかしながら、それと同時に日本人は個人主義が蔓延し、大きな集合体の日本人という誇りを失ってしまいました。それは民主主義における良さでもありますが国家としての日本という価値を失うことでもあります。
自分の利益を第一に考える社会では国家は脆弱になっていきます、そして、自己犠牲の精神はもはや現代の日本人には希少となり、栄誉でもなんでもありません。
日本が国家として堅固なものとなる為にはまず、この個人主義に没頭する精神を変えねばなりませんが平和な世界では変化するわけが無く、結局、戦乱に陥った時変わっていくのかと感じます。
私自身も戦乱の世界に生まれた訳でもないのではっきりとは言えませんが、人は戦乱がない世界で生きる事には慣れていないのではないかと思います。
故に日本人はこの平和は永続的に続くと思ってしまいがちですが、そもそも異常な状態であると認識しなければならない。
その時は必ず来るのだから。

のぶ
道端で人に道を聞いたら丁寧に教えてくれる。
携帯落としたら警察署に届いてる。
足りないものを探したらキリがない。
それよりも足りてるものに目を向けると世界が明るくなる。
足るを知る。それでいい

チョココロネ

232c
日本は30年以上、物価も賃金も上がりませんでした。
為替は1ドル78円から150円台になりました。
そう考えると1990年代に400万だった収入が2026年現在だと800万の価値を持っていないと価値として同じになってないです。
多くの人は微々たる増税に怒り、円の価値を毀損して、国債を発行して減税しろと言います。
しかし、問題は賃金です。僅かながらに消費税や社会保険料が下がったところで生活へのインパクトは軽微です。
根本の問題は賃金であり、サラリーだけではダメだとなった人から副業したり、NISAをやるようになりました。
政府の債務の総額は膨張していますが、円の価値自体が下がっているので実質的には債務は縮小してます。
根本的な問題は稼ぐ力がないことと、外貨を稼いでそのお金を外国に投資をしていることの2点につきます。
バブルで日本に死ぬほどお金があったのは外貨を稼いで国内で使っていたからですが、貿易赤字国になり、製造業は海外で製造するようにになりました。
為替で見ると1970年代レベルの価値になってきたので日本に製造業は回帰するかもしれませんが、若年層労働者がいません。
私のような氷河期世代の50代が工場労働に回帰すれば良いかもしれませんが、今正社員で働けている50代がリストラにあって工場労働に回帰できるとは思えません。
プライドが許さないでしょう。
氷河期世代は実質的な年収の価値として、親世代より稼げない世代となりました。
私の親世代だと女性が専業主婦というのは珍しくありませんでしたが、今は夫婦共働きが普通の世の中です。
結局、年収の価値が1990年代から二分の一になったのを2人で稼いで補ってるのが現代です。
おそらく、数十年は分厚い中間層ができたり、1億総中流と呼ばれる時代になることはないです。
個人としても、企業としても、国家としても稼ぐ力がないと衰退していきます。
平均年収で見ると極端に稼ぐ人がいるので上がりますが、中央値で見ると下落していく一方です。
個人としても、若くても、中年でも、老年でも稼げないと幻想として見ている普通の生活ができなくなっています。
国としては所得の再分配を、企業としては外貨を稼いで国内に還元する動きを、個人としては稼ぐ力をつけないといけません。

憂い顔の騎士
コーヒーさん
先日受けたオンライン授業でも触れていた事
日本古来からある良さを失ってはいないかという問いにハッとさせられました。
何でもかんでもキッチリしすぎて息苦しくなってはいないか?と言う話でした。

はる

ゆっけ
ソマチッド

だいすけ
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