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妖怪片通話とでもいうべきコミュニケーションの労力搾取の傲慢さについて

愛善院

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たとえばこれは、
「書籍を発行した著者」と「査読書評した者」との関係であっても「コミュニケーション」ではあるわけですが、実はベクトルが向いているのは「双方向ではない」のですねぇ。

著者のベクトルは読者に向けて。書評した者も読者のひとりでしかない。

書評した者も、読者に向けて。より小さな範囲の読者であることのほうが多いでしょう。

この構造は、教室での「スピーチと陰口」の関係に似ていたりするのです。
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狼

これ片通話が「片方の声は聞こえるけど、もう片方の声は聞こえない」だったとして、どっちが妖怪呼ばわりでどっちが労力搾取されているのでしょう?

「一方的に喋ってるのにこっちの話は聴かない」の意なのか、「こっちは伝わること喋ってるのに、何一つ伝わらない話を延々とされている」のか。
 ある意味どちらでも高慢だと言うことが出来るし、労力をかけているのにそれが報われないという形になると思います。全く同じ時にお互いがその様に思っているということも多々あります。

 経験ありますが、そうするとまぁどっちもしんどい訳で。

「何でも妖怪のせいにしてしまう、我々が一番の妖怪かも知れませんね」という言葉を思い出しました。恐らく、どちらかが先に他人を理解しない意図を示して、それをされたもう一方が「高慢な妖怪」と形容したという話かと思いますが、何かを妖怪扱いする高慢さにも目を向けるのが肝要かも知れません。

 その上で腹が立つ時は立てても良いと思います。人間だもの。でもそういう自分も高慢だよな。と振り返るのです。無限ループって怖くね?

 私からは以上です。
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正宗(ろー)

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問に対するアンチテーゼをアンチテーゼだと認識させないための問…というのは深読みしすぎでしょうか。

ピカソのキュビズムのように、理解するのに知的操作を要求する作品があったりするので、
『労力搾取』と認識される場合は、この報酬設計(≒心理的な意味での報酬)が十分に意識されていないのではないでしょうか。

妖怪片通話が分からないので、本問の回答になっているかは分かりませんが。

すこし話がずれますが、相談をもちかけてきて、こちらが親身に相談に乗った際に、共感してくれないから不機嫌になる…というアレは労力搾取の傲慢さを感じます。

そのこと自体はまだ良いのですが、このときに共感しなかった方が「悪」になるような認識が一般化するのは、避けたい立場ですね。

情動亢進(≒感情的になっている)時は認知処理が短絡し、快不快の判断になりやすいのは分かってはいますが、ここはトレーニングで改善することも知っているので。

コミュニケーションに関する明示的なルールが無いのも要因の1つだとも思っています。

コミュニケーションは相互参照構造&社会的文脈依存なので、巧拙判定や正誤判定が難しいのも関わっていると思います。
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