苦しみや悲しさが幸せをより増幅させるためにある感情なら虚無とは何を増幅させるためにある感情だろうか?
お腹が減るのはご飯をより美味しく感じるため。歯が痛い時や頭痛が酷い時に感じる生きたいという強い感情は死が生を生きることの喜びを生きることに執着させるために死が存在している証拠。なら虚無は何のためにあるのだろう。

コーユー
例えば、
・空腹は「食事が必要だよ」
・痛みは「身体に異常があるよ」
・苦しみは「ここは危険、または負荷が大きすぎるよ」
・悲しみは「大切なものを失った、あるいは失いそうだよ」
では、虚無は何を知らせているのでしょうか?
私は「これ以上、悪いものを感じすぎると危ないよ」というサインなのかなと思います。
強いストレスなどで心が耐えきれなくなり、これ以上傷つかないように感情のブレーカーが落ちている状態です。
そもそも、こうした感情や感覚は、自分を守り、生きていくために備わっているものなのではないでしょうか。

ルカ
私は、空(くう)、あるいは空(から/Empty)に近いものだと考える。
つまり、対象となる事柄そのものが存在しない状態である。
苦しみや悲しみには対象がある。
だから、それとの比較によって別の感情が強く見えることはある。
けれど、虚無には増幅する対象がない。
仮に虚無を
x = Empty
と置くなら、どれだけ先へ進んでも、
Empty = Empty
のままである。
虚無の先には、虚無しかない。
そこから何かを見つけ、幸せを感じることはあるだろう。
ただし、それは虚無が幸せを増幅させたのではない。
何かが生まれた瞬間、すでに座標が変わっている。
虚無を乗り越えたのではなく、
虚無ではない場所へ移ったのである。

II

えるえふ(↵)

🫧天音 彗夜🎵ྀི♊️
とƕとƕ丸
あえて虚無は手段じゃなく不幸になるための目的地とするならば、苦しみの認識を不幸に変換すれば、そこは即不幸で即虚無。

な

Mr.メランコリー

小鳥遊百舌鳥尾
虚無と向かい合う機会があってもいいんでしょうね(*´ω`*)

ryo
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