覚悟は何を経て生まれるものか

没壱 ヤモオ
2つの『さとる』という言葉が入ってます
『覚めて悟りの道を行く』
覚は、不覚(貪瞋痴で見えない)から始まって、
悟は、本質を見抜く事に至る事という仏教用語です。
『不覚』で始まり、『覚悟』で道を決めて、行き着く先は『悟り』になる。
『覚悟 は 不覚 を経て生まれる』です。
迷って、迷って、悩んで、悩んで、
怒って、怒って、羨んで、羨んで、
考えて、考えて、苦しんで、苦しんだ中で
自分が見出した道を歩むと決めた心の動き
それが 覚悟 です。
要は『悟りに至る道を決めた』って事だけで、
悟りには至ってはいないという事。

坂本龍馬

wato (わと) 🐶

小國(おぐに)

愛善院
つまり、生命を繋いだ所以に対して命を懸けようとするところを覚悟と呼ぶのでしょう。

コバンざめ

オルズベック

Noriko

ろん
こう定義するならば結局は成功体験が基礎になるはず、自分で決めた事に対してしっかり結果を出せた、少なくとも納得行く形には出来たという小さな積み重ねが覚悟の大きさを育むのだと思います
一過性の場合は単純に追い込まれ、道が他にないという場合でも起こり得るけれど自覚的に選択する場合の覚悟は成功体験なくしては育まれはしないと思います、仮に成功体験があまりないのにも覚悟が強い人がいた場合、その人は相当に強固な軸を持った人物ではないかと思います

Yoo
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