人は承認欲求を失くすとどうなりますか?また、全人類が承認欲求を失くした場合はどのような世界になると思いますか?
無理矢理無くすのではなく、徐々に減少し、やがて消滅したと仮定します。

しょうゆ

ケイ

正宗(ろー)
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人間ってビタミンDを生成できるじゃないですか。
紫外線に当たることで。
同じように、人と関わることで、『内的』に承認欲求が満たされている状態だと、いわゆる安定構造です。
この場合は、SNS文脈での承認欲求は無くなっているように見えます。
実際には『内的』に満たされているから、『外的』に求めないという状態ですね。
ただ、『外的』に求めない状態だからといって、承認欲求自体が消えているわけではないので、この状態は、厳密には『失くすとどうなるか?』の解ではないんですよね。
なので、
心理学的な回答と、思考実験としての『承認欲求が無くなったらどうなるか?』という2つの解釈ができるかなと思いました。
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一般的に、高知性者は自尊心が不安定になる傾向があります。
周囲とのギャップが大きく、理解されないことが多いので。
こういった対人摩擦が鈍麻で、かつ、勉強が得意なタイプはいわゆる『学者』ルートで社会に適応できるのですが、そうでない場合は人ともギャップ、社会ともギャップの、ギャップ✕ギャップの状態になりやすいからだと言われています。
そのため、EUやアメリカではギフテッド教育を取り入れていますね。

愛善院
つまり自分の役割を、自分自身で確信し、自分自身で選び取り、自分自身が引き受ける価値を、間違いなく理解できる、ということになるのではないでしょうかねぇ。
自己犠牲が純然たるものになるので、このままの繁殖システムだと個体数は減るでしょうけれどもね

憂い顔の騎士
欲求は全ての行動のげんどうらっある

蘇我靈眩導師准尉
kaede

P
文化的には芸術方面は壊滅的な崩壊をすると思います。各学問は興味がある人だけが研究し、その人の中だけで完結するでしょう。
よく思ってもらいたい、という感覚も無くなるので倫理観も崩壊すると思います。善悪ではなく損得や効率で動く人間になるのではないでしょうか。
主義としては快楽主義より虚無に近い状態になると思います。ニーチェ的な最後の人間でしたっけ、あのような話になるのではないでしょうか。
戦争はなくなりません。承認欲求はなくとも資源の奪い合いや生存、恐怖と抵抗は残っているからです。
結果として芸術はなくなり、他人と比較することもなく、損得の計算が行動の軸となり、戦争は残るという変な世界ができあがりそうです。

