📽️映画って『結末を観客に委ねるタイプ』と『しっかり答えを示すタイプ』がありますよね、どっちも好きなんですけど💓あなたはどっち派ですか?
どちらも好きだけどその日の気分で変わりますよね〜✴️それもあり!オススメお待ちしてます


ろけねお

motto
委ねるタイプは納得するけど作品によってはモヤモヤ感があります
何が言いたかったのかわからないので
自分の理解能力もあるんですけど
冥嘴
観客に委ねるタイプの少なくない作品が“宙ぶらりん逃げ”に感じてきたので、技術が拙くて駄作扱いされようが、答えを出し切ってる作品の方に好感が持てる。

ゆか

ともひろ

idiotic

暫定ぺんぎん
アイランドやCUBEのような閉鎖空間から逃げる系に見られる、明確に提示せず方向性だけ示すようなラストの作品は程よく思いを巡らせられて楽しいです

サラダ
みんな見た感想が違う訳だから。。。、

サトヲ
アルフレッドが最後に見たものは現実か幻か?


シズ
『インセプション』 (2010)
ラストは夢か現実か?
映画内部の証拠を総合すると、ラストは“ほぼ現実”なのか
ノーランは答えを明言しない主義だけど、
映画そのものに埋め込まれているルールや描写を拾っていくと
現実であるケースのほうが、整合性が高い。
以下が根拠です。
コブのトーテムは“コマではない”
これ、実はかなり決定的。
コマは元々“モル(妻)”のトーテム
コブ自身のトーテムは「指輪」
つまり、
コマがどう動こうと、コブの現実判定には使われない。
ラストでコブは 指輪をつけていない
作品内ルールでは “現実” のときだけ指輪を外している。
ラストのコマは“揺れている”
CGで作られたコマじゃなく実物。
完全な夢の中ではコマは“ブレずに永遠に回る”
ラストのコマは明らかに“ガタつく”
夢特有の「永続スピン」ではない。
子どもたちの服装が微妙に違う
最初に見せられる“思い出”の子供たちと、
ラストの子供たちの服はほんの少し変化している。
夢の中での映像(回想)はずっと同じ服だった。
違う服 → 現実の変化として描いている。
ノーラン曰く
「問題は夢か現実かではない。
彼が子供たちと再会する“感情”だ。」
『ブレード ランナー』(1982)
デッカードは実はレプリカント?
ディレクターズカット版より
まあ解釈自由ですので
あとで見返す余地があるかと


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