美化・醜化の違い。共通点。
明確な根拠を持ってのものでも、
アイデア重視のものでも◯。

きぼう

没壱 ヤモオ

愛善院
というのは、要するに、人間の脳は欠陥があるので覚えていられない、ということだ。また、覚えているとストレス負荷がかかるからできるだけ省いて、面白いもの美しいものばかりだと脳を誤魔化して置いたほうが省エネなのだ。
「醜化」
という言葉を私はいまだ検討したことがない。
ただこれは、いわゆる「いまある自分の境遇」を誰かのせいにしたいときに現れる幻影のようなものではないかと予想する。

小鳥遊百舌鳥尾
いづれも現実的評価ではない(共通点)中で、美化することでその体現を主として、言葉(言霊)利用し、美しいモノに向かって行くことはメリットが圧倒的に多い。
自分の体型は美しい→より美しく→ワークアウトや食事、生活解説→実際に美しくいい方向に。
ポジティブが形成される。
一方醜化は、ネガティブになりがちなのでメリットは愚か、デメリットが多い。
因みに過去を美化する傾向が多いが人間はそういう都合だし、醜化してしまえば影となりトラウマにも。
禍福と似ていて、美化▪️醜化もまた糾える縄の如しの意味[照れる]

よん
そして、この乖離状態に本人が気付いていない場合が多いです。
美化とは対象物についてAから乖離した「過大評価」であるのに対して、醜化とは対象物について行う同様の「過小評価」であり、評価の方向性が異なります。
また、この乖離が生まれる原因としては、その方が本人にとって、自分の都合に良いからだと考えられます。

ナトル
周りの意見に常に気になっている
ティリル
芸術はなぜ多くの人が壊さず保存しようとするのか理由が見当たりません。ただ「残すべき」だと感じていて、そう思う人が多いから価値が増します。
野生動物にとっての「美」や植物にとっての「美」もあるのではないかと僕は考えています。
それらを踏まえると究極的に単純化された「美」は太陽なのでは?と思ってます。
丸くて光ってて壊そうと思わない。
人も野生動物も植物も「太陽的な美」を「美」だと感じるのではないでしょうか。
そうしたものが「存続しやすい」のでは。
このテーマは哲学だけじゃなく芸術学についての意見も聞いてみたいですねー[ほっとする]

ベル

あすにす
としゆき
強調された醜が強いせい的嗜好として発現したりするというのは、人間の倒錯的な行動や作品群を見ても明らかに存在します。
人によっては汚物が崇める対象になったりもするし、そういう倒錯的な癖を合わせもった異性しか対象にできないという人間は実際に存在しますから、醜に美を見い出すという、人間の美意識の基礎的な設計、つまり深層心理と形成心理とのシステムの様なものが美化と醜化に深く影響して決定づけていくのではないか、と考えました。
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