「逆ギレ」は悪か?
だるま落とし
悪も善もありゃしない。

ゲッチュー

べびぃ

TUNE

pophat
冷静に宥めさとそうとしても自分本位の主張を曲げないのなら
お前の為だけの世間じゃない!と言う「逆ギレ」なら正当性はありますね。
「逆ギレ」は相対的で見え方でしかないので、それ自体に善悪は無いかと[ほっとする]

ゼブラ
逆ギレの経緯として、何らかの問題がありますが、悪としても、問題解決にはならない。

ナガさん
それは果たして善なのか?

星人

紫苑/しおん🐈⬛
評価を評価するだけの空回り
となっています。
「逆ギレ」がすでに否定的な評価語です。
それをさらに善悪で裁く構図は、
問い自体を不安定にします。
簡潔さを優先するあまり前提が落ち、
同じ問いのはずが別の対象を見てしまう。
短さは工夫ですが、
前提を補わなければ
設計放棄に近い状態です。
ーーー
実際、回答は五つに分かれています。
・断罪型
⇒ 逆ギレ=悪・幼稚・責任逃れ。
・相対化型
⇒ 状況次第・一概に言えない。
・防衛理解型
⇒ 追い詰められた結果の自己防衛。
・評価転用型
⇒ 「不快」「関係を切る指標」として使う。
・概念疑義型
⇒ そもそも逆ギレという評価が恣意的。
これらが
意図された揺れであれば
豊かな対話になりますが、
設計由来の揺れであれば、
整えてあげる必要があります。
ーーー
まずは、
「逆ギレ」とした、その判断は妥当か。
本当に逆ギレなのか、
それとも
正当な反発がそう見えているだけなのか。
次に、怒りの内容は筋が通っているか。
そして、伝え方は関係を壊していないか。
更に、
「逆ギレ」という現象の層について。
・認知不全
⇒自分の非が見えておらず、
認識のズレに基づいて怒りが生じます。
・情緒防衛
⇒非を理解していても受け止めきれず、
羞恥や不安が怒りとして表出します。
・戦略行動
⇒非を理解した上で、
責任回避や主導権維持の為に
意図的に怒りが用いられます。
このように同じ言葉でも、
内側で起きていることは大きく異なります。
ーーー
言語哲学者のジョン・L・オースティンは、
「言語行為(パフォーマティヴ)」の中で
言葉には現実を形づくる力がある
と述べました。
つまり、
ある突発的な行為を
「逆ギレ」と呼んだ瞬間に、
その人の感情は
不当な怒りとしてラベリングされます。
ーーー
さて、
逆ギレという言葉を見たとき、
あなたはどこまで見通しましたか。
ただ切り捨てるのか、
背景に目を向けるのか。
認知のずれか、
感情の防衛か、
意図的な行動か。
そこまで見ようとするなら、
あなたは「評価する側」ではなく
「状態を扱う側」に立っています。
その人の内側の揺らぎに
目を向けようとしたとき、
あなたは福祉の世界の扉の前にいます。


ラズー
自分の持ってる正しさで逆ギレを決めてるんでしょうね。
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