個人的に大きな原則は自分それ自体と表現するものの乖離を大きくしないこと大きくすると離人感の元になるので私は波はあるものの、そもそもの基底状態が低いところにあるから基本プライベートで人とは話さないです。唯一高校の同期(友人であるというラベル貼りは苦手なので同じクラスだった人間と他者には話しています)とは半年に1度くらい話していましたが、自死したので今は話す相手がいません大学生であればクラスが、バイトをしているならば職場が「自身による人間関係のラベル貼りが不要な環境」として機能してくれます。これは友人かどうか、仲が良いかどうかを自分で判断しなくても役割を果たすことでコミュニティの一員になれることを指します。私は人間関係をラベルで管理するので、この恩恵が大きい。生活のためと言うよりはこの関係を維持するために働いています。そこで求められる役割はこなしながら、自分が摩擦を感じにくいように滑らかにあることが肝要ですかね冷静になることも大事ですが、そう努めようとして爆発しては元も子もないので私は職場で(自覚なしに)奇声をあげていることがあるらしいですが、最近役職を賜ることができました。役割をきちんと果たすこと、不和を産むくらいなら人と話さないという態度、対人においては誠実性と真摯な態度を意識して自分自身が最適化するように動くのが好きなので、その結果だと思ってます。基本自分がズレていることを自覚してないので「あなた方は私と同じ人生をおくってこれ以外の良い人格・性格を持つことができたと思うんですか?」の態度で黙らせてます結果、「変だしたまに爆弾発言することもあるけどこういうやつだから」と認知されて人間関係のストレスはほとんどないですね。一般から乖離した自分にとって自然な発言を相手は勝手にラベルを貼って判断して正当化してくれますからあちらにとってもラベル貼れば対応が楽ですしこちらもとっても気が楽です変なやつと言われるのが嫌となると対策は考えないと行けないと思いますが、楽に生きるだけなら不必要かと