「コレがあれば頑張れる」と「コレがないと頑張れない」とは、あなたにとって同じか否か

よん
★コレがあれば頑張れるは、すでにある程度こなせている、うまく行っている状態が前提。この場合、頑張れなくても支障はない。
例として「チョコがあればあと2時間プラスして頑張れる」「応援があるともっとパワーが出る」
コレがあってもなくても良い。
★コレがないと頑張れないは、「頑張らなければならないと感じてる時」や「頑張れない状態から抜け出す必要がある時」など、義務感を感じながらも果たせていない状態が前提。
また、「コレ」が頑張れない状況から抜け出すことや、何かをこなすための条件になっている。
例として「エナジードリンクが無いと持たない」「彼がいないと頑張れない」
この場合は頑張れない場合支障が出る。「コレ」はあっても無くても良いんじゃない。無いとダメになってしまっている。

HAL
これがあれば頑張れるは一時的に頑張れるって意味だし
これが無いと頑張れないだと常にこれが無いといけないになるから意味は違うと思うよ。

たか

まさき
やっちん坊♂

刃技チュン

ナトル

正宗(ろー)
同じではない
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◆理由1
『頑張れる』と『頑張れない』の射程やニュアンス理解に個人差がある。
(辛くても)耐えられるという意味での頑張れると、よりハイパフォーマンスを発揮できるという意味での頑張れるがあって、本問に回答しようとした人は無意識にどちらかの『頑張れる』を想定して、
『頑張れる』が内部的に複数の意味を持っていることを想定していないため、この『語彙からイメージする想定のズレ』から回答のばらつき、質問の意図の誤読が生じる。
↪これは『男女の友情』でも同じ仕組み。
↪『頑張れない』側も同様。
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◆理由2
コレをサウナの場合で想定
❶「サウナがあれば頑張れる」
❷「サウナがないと頑張れない」
コレをマックブックの場合で想定
❶「マックブックがあれば頑張れる」
❷「マックブックがないと頑張れない」
❶の場合は、それを聞いている人はポジティブな印象を受けるが、❷の場合はネガティブな印象を受けやすい。
したがって、他者に与えるイメージが同じではないので、私にとってはこの2つは同じではない。
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◆まとめ
日本語はシニフィエとシニフィアンが明確に一致していないことが多いので、
『“あし”について話していると、1人は“足”をイメージし、もう1人は“脚”をイメージしているのに、そのズレに気がつくことなく議論が進む』ということが起こりやすい。
としゆき

はるた
仮にそれを「愛」(多義的な多くを含む)と仮定したときに、僕にとってそれは同義となります。
愛のない世界に生きる価値はない。
ここでまた本当に価値がないのか?という問いが生まれますがもちろん無価値ではないのですが、僕が今生きている(観測している)この世界では価値がないと思えるほど無気力感を感じると思います。
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