共感で繋がるSNS

夢はどこから来る?与えられる?作り出される?自身の体験含め考えてみて。あるいは、夢とは何?

夢は諦めさせられ奪われても作り出せる、与えられるのは小さい頃だけだと思っていたけど必ずしも万人がそうではないかもしれない。そもそも与えられているのか作り出されているのかは認識の問題であって本質的に夢が何なのか、それに触れる過程で何が起きているかは、まだ自分もよく考えられてはいない。 これは必ずしも哲学的な問ではないけれど、夢とは何かを考える前に、純粋に人々がどのような解釈をしているのか気になった。
若

その源泉は、恐らくその人のイメージ力や想像力に寄るところかと思いますが、その泉がどれだけ力強く、勢いがあるかどうかは、その人が活力的に生きていられているかどうかではないかと思います。
『病は気から』の言葉と同じく、生きる活力が充実していれば、自然と『夢』は湧いてくるのではないかと思います。
哲学哲学
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MIKA

MIKA

どんなことにも言えることだと思うけど、エネルギーを注いだ分、その力が働くと思う。
それは自分が注いでも周りが注いでも。
でも結局は自分を動かすのは自分なので、本人のエネルギーがなければ先に進むことは出来ない。
夢とは複合的なもの。それもどんなことにも言えること。
複雑に絡み合った結果生まれる。
と思う。
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境界知能はよ治せ

境界知能はよ治せ

圧倒的に周りやSNSで与えられたり作ってくれたりを見てやっとできる

夢は「自分がこうなると信じたいもの」
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とかろう

とかろう

ただの欲望
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くまのプーちん

くまのプーちん

自分自身と世界について理解が深まり、価値観のようなものが生まれたことで幻視する「理想の自分」こそが「夢」の本質だと思ってる
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セナ

セナ

深層心理、デジャブ、どこかで見た意識せず視界で捉えた光景。夢の全てに意味があるとは考えてないです。だからどこからと言えば、ランダムに開いた記憶の引き出しな気もする。
夢日記をつけた時、痛感を伴う夢を見て2度と経験したくないと思ったけど非常に興味深いため再びやろうと思っている。
まとまりがなくて申し訳ないですが、知らない場所だけど鮮明な夢で木の小屋🛖のような場所で様々な枝や木の実を組み合わせてなにか工芸品のようなものを知らないけど顔がちゃんとある人たちと輪になって作った夢がある。記憶にはないし、思い当たる場所も人もいない。これはどこからきたのだろう。と疑問に思う。突拍子もないように思えるが、前世の記憶などと言う話もあながち無下にはできないのかもしれないと考えている。
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kaede

kaede

夢は自分がそうしたい、そうなりたいと思う気持ちだから、与えられて気が向かないなら夢って言わなくない?強要じゃん
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りり

りり

「好奇心の追求」
※心がワクワクする、なんか気になる、もっと知りたい、やってみたい...を積み上げて行った頂点を表した単語

→頂点まで登ったら、自分らしく羽ばたいて〜
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Masato

Masato

ときめきなかな
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P

P

ルルイエから呼び声がくるのかもしれません
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