「未来には多くの選択肢がありますが、人が“選びたい未来”へ進むには、何を基準に選択することが大切だと思いますか?」

ようたん
怖れずに、進め!

Yoo
未来とは、過去や今現在の積み重ねをもって形づくるものである。いま、選択可能な選択肢はいくつあるのか、その中である未来を実現するためにはどのような道をたどればよいのか。地図を眺めて目的地へ行くための手段や方法を考えなければならない。
仮にそれが実現不可能なものだとするのならば、目的自体を修正する必要がある。
よって、いきたい方向を定めること、そのための手段を考えること、不可能であれば修正をかけることが大切。
質問を読み替えて、より良い未来を選択・実現するための基準はなにか、という問いであるのならば、現実の人間に即した人間観に基づく(正義論が想定する中年男性ではなく。)という前提で、自由主義・資本主義に一定の制限をかける、持続可能性のある多様な社会が求められるのではないだろうか。
もっとも、人が選びたい未来、とクソデカ主語に答えるならば、合理的人間像を措定すれば、各人が自分の都合の良いように自己にとってもっとも最大の利益を得られるような選択をするだろうが。合理的個人にとってはそれが大切な価値基準となるから。
人という場合、特定の個人を想定するのかそれとも個人をマクロにして社会と捉えるのか。公共的な社会を考えるのか、経済学的な合理的個人とするのか。〜すべきという規範論とするのか、それよりメタ的に政治哲学みたく価値基準を論点とするのか。

カン

愛善院

とんとん

胆石
つらい方を選択することでしょうか。

にっきー
人類や社会全体を指すなら、基準は倫理観や秩序。
個人、つまり自分自身を指すなら、感情を主軸にした理性とのバランス感覚だと思います。
以下、理由です。
人類、つまり集団の未来において最優先なのは、「より良くなること」ではなく「壊れないこと」です。
壊れないことを目的にするなら、秩序と倫理によって存続を優先した設計の方が耐性が強くなると思います。
その耐性があるからこそ、「成長」のための挑戦を許容できると思います。
一方で、個人の場合、目的は「生きること」になります。
私の意見としては、感情は人間そのものの主体で、理性はあくまでも生きるためのツールでしかありません。
そのため、人間が生きるためには幸せや楽しさといった感情が不可欠になるので、感情が主体と考えてます。
しかし、感情のままに動けば、長期的なリスク管理や目的設計が破綻してしまいます。
なので、感情を主軸にしつつ、理性で設計あるいは調整する。
「合理的」でも「感情的」でもない、「自分自身の最適」を探すことが基準になると思います。

キョウ
勇気が行動を作り、行動が結果を作り、結果が自信を作り、自信がやる気を作り、やる気が次の目標を作り、目標が次の行動を作る。
こうやってやってきた事の全てが重なってきたのが今であり、重ね続ける事で未来に繋がっていく…みたいな内容を昔聞いた事があります👀

Zee
まあまあ選択肢は限られています
人はコンテキストから最良のものと判断するものを選ぶのであって
多い選択肢があるように見えるだけです
人が選びたい方向に進むのも
時代の社会正義があって
基準で判断すると言っても
そのようなものに流されるのが大半です
自分を幸福にしたい人
社会を幸福にしたい人
自分と周りのちょこっとの人が幸せになればいい人
願えばそっちへ行きます

シャン
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