人が主体性を持つにはどうすればいいのか?
自己決定権を与える?裁量権をあたえる?

jwB
助けてくれる 救ってくれる
何故❓ を考える
その答えが主体性

スタニス
たとえば、自ら怠けることを選択している者と他人に言われて懸命に働いている者、どちらが主体性があると言えるか。
自ら判断して行動しない者
自ら判断せず行動する者
自ら判断して行動する者
自ら判断せず行動しない者
主体性というのは判断することではなく、判断して行動するところも含めて主体性と呼んでいると思われる。
さらに言ってしまえば、自ら判断しているかどうかは主体性を論じる上でさして重要ではないように思われる。
なぜならば、行動の結果表れてくるものに過ぎないからだ。
どんな動機であろうが、精神状態であろうが行動できていれば「主体性がある」ということにしても問題ないように思える。
(注1 例外もある。「そうせざるを得なかった」という状況で行動する場合も十分あり得る。だが、それが適用されるのは犯罪行為などのネガティブな文脈においてであり、比較的ポジティブな文脈における場合は「主体性がある」と言っても問題ないところに恣意的ななにがしかの介入を感じる)
今までの話を踏まえると、「人が主体性を持つにはどうすればいいのか?」という疑問自体、ある信念が入り込んでいるように感じる。
なぜならば、行動に先立って「主体性」と言われるなにがしかがあるという前提に立っており、人はそれを用いる事で行動できるという幻想じみた思想を感じるからである。
いわゆる、「やる気があるから行動する」という論に似ている。
今、解答するならば主体性は持つものではなく持たされるものであるから疑問自体が効力を発揮していない、と答える。
メガネが本体

コバンざめ
倒れても再び立ち向かうを、繰り返す
その過程で主体性は守られる
とかろう
やまと

暇人の独り言

サリンジャー

100年に一人の粗チ

たけじろう
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