自分が優越感を感じているとき、自己にとっては快や自己肯定の材料にはなるが、自分の優越感は他者には悪影響を及ぼす場合がある。
ここから、優越感の功罪と、その社会的役割や効果について、あなたの言葉で教えてください。

さはら
自信に満ちたカリスマ性を持った人とみなされることもあるかもしれない。
心のバランスは大切…

アストラ
それに害を与える場合があると
自己の優越感の感性の行き場がどの方向を向いているのか理解するべきですね。
優越感が人間的である前提に立つなら、優越感が他者の劣等感を産むわけじゃなくて、両方の視点からみても他者性を排除したい欲求に駆られるでしょうね
人間性を排除したらどうなるでしょうか?
物に対してでしょうか?それとも世界?
なるほど優越感は自己に回帰し人間的であることは不変のようですね。優越感に浸るのであれば、害を出さない方法はいくらでもあります。
害というのが訳せてない気もします。
利益であれば自己に帰属するものを他者への影響に還元する うまくすれば害という単語は出てこないでしょう

粒々

ヤス
言ってるオヤジの鼻の穴が膨らんでる事に注目。キモの他なんて言う⁇

サト
ということだと思う
一例を出すと
競技における勝敗やランキングかな
上を目指す向上心と下からの嫉妬
社会的役割としてはエンタメ化するとこ
経済効果にも繋がるかなと
他には役職における向上心
そこの罪としては不適当な人材な場合かな
社会的役割を置くなら優秀な人材の成長目標になればということかな

ひかる
社会的影響を考える場合、劣等感を抱いた弱者が変に暴れたり足を引っ張るなどせず、自己研鑽または諦めに走ってくれたら、その社会は丸く収まったスムーズな状態ではないかと、現代の視点から思える。
なまじ平等概念が浸透するから、弱者が諦めきれずバインドされていく。

かずや
ひっこみ我とかもあるかなぁ。

ニックX🐦🔥
私は優越感を感じる人間だが、優越感は幼稚な感覚なのではないかと思っている。資本主義の中で、恋愛市場の中で相手より能力があるからと優越感に浸るが、それはその枠組みの中で評価されてる過ぎないと思う。人間は能力の優劣関わらず平等である。資本主義というゲーム、恋愛というゲームにおいて強いのであって人間の価値に直結するものではないと思っている、思いたい。この考えは私にとっても他の人にとってもかなりハイレベルな考え方だと思う。しかし、資本主義の中で、恋愛市場のなかで、私はいいから人としての価値もいいんだと思う程度は人によって異なると思う。そのままダイレクトに直結してしまう人間は幼稚であり、他人に不快感を与える人間だろう。そして本当に大切なものかが見えないだろう。またそれらを自己肯定感の材料にしたとて、相対的なものなので上には上がいて、メンタルはブレブレになるだろう。根拠なき自信こそ揺るがない安定したメンタルに必要なものではないだろうか。優越感は他人にとって悪影響を及ぼすだけでなく、長期的に見れば自分にとっても悪影響である。相対的な良さ、悪さで目の前の事柄で一喜一憂しても仕方ない。ストレスが多い。

マルコ・アモレッティ
だから全ては対岸の火事
そんなものが影響を及ぼす範囲などたかが知れている

ナトル
いい成績を残してもいいテストの点数を取っても恨みや妬みは持っている人は必ずいますし
大金を持っていようが破格の借金を持っていようが誰かには喜ばれ誰かには妬まれるものです
評価も批判を受けない方法となると
中立のままいることしかないと思います
相手の気持ちの持ち方次第なんだろうけどどうにも他人の成績 羨み 恨み自分で自分の首を絞める人は必ずいるものです
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