オルテガの独我論的言及によって要請される民主主義の限界
オルテガはレヴィナスの『他者』を無視。共同は独我論の拡大している、という点において、オルテガの言う教養は民主主義の原動力でありながら、意味が無いことだ、と考えますが、みなさんはどう思いますか?

かふぇおーれ
なんでオルテガの教養が意味のないことだ、に行き着くんですかね
レヴィナスの他者論を無視してるっていうのも感想だし唯我論の拡大だっていうのもただの感想だし
ただの感想を積み重ねて「あなたはこの点についてどう思いますか」とか言われても前提が思い込みだらけで間違ってるんで無意味な問いだとしか言いようがないですかね

ケンシロウ

P
それは大衆が、自分の意見を疑わなかったり、知識を持っていても反省しなかったり、権利は要求するが責任は引き受けなかったりする。そういう人間たちに民主主義は本当に維持できるのかな?ということだったような気がします。
そしてオルテガはレヴィナスの他者を無視しているのかは疑問です。なんでしょう哲学の問いの向きが違っていただけではないでしょうか。

款冬

セナ
だが一見そう見えるものの抽象的に例えるならこの二人は異なる二つの問いに答えていてその答えが食い違っているような状況であり、
オルテガの他者性を考慮しながらレヴィナスの語る民主主義を両立すること自体は不可能ではない。確かに民主主義をどこまでも突き詰めていけば限界が訪れうるとは思うものの、二つは共存し得ないとは考えてません。

地球さん

地球さん

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