命の重さは何に比例しているのか
人を殺めることは絶対的タブーとされていますが、食事に集るコバエを叩いたことは誰しもあると思います。
ロードキルされた動物を見ると可哀想という人も庭の手入れのために雑草を抜きます。
命の重さや価値はいったい何に比例しているのでしょうか。

ノゾ
受け取った過去を経験によって加工しうる可能性。
それらを未来へ向けて手渡しうる可能性。
そうした可能性の総和に比例しているんだと感じている。
トラックの価値は、いかに多くの価値を、いかに多くへ配りうるかに依る。
そこには、改造や修理や他との協力・分担の可能性も含まれるけれども。

薫
エギンガー

ジゴロ❤️🩹🥺
命の重さに違いはありません‼️

コーユー
重さを感じる場合でも、その基準は人それぞれ。
私たちは結局、自分の価値観と「その命との関係性」によって重さを感じているのではないでしょうか。
命の重さは、客観的な比例ではなく、主観と関係性に比例しているのかもしれません。

かき揚げうどん

マカミ
てか、命の重さなんて最初っから存在しねぇな。
都合のいいように解釈しちまえば
必要な犠牲だったて言えちまうんだもん( ᐛ )

ぬらぺっちょ
身近な人の死と遠くの知らん人の死では重さが違う。
知らない生物なら平気て命を奪ってる、歩くだけで微生物を踏み殺してるからね。その現実は知ってても心が痛むわけじゃない。

sky-way

タヌキ
人>動物>虫>植物
の順番で命の重さを比べたとすると、人に近しいものから忌避感を覚える。
ただし、虫にただならぬ興味や関心がある場合は、順番が入れ替わる。
と考えてみた。
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