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「事実は確認せずとも明らかである」が非文であることを論証してください

うどん

うどん

誰も確認をしていない、そもそも観測されていないなら事象自体が存在していない(正確には存在が不確かである)ので事実どころか虚構すら存在しないのではとは思ったのですが。

誰かが観測したものを事実とすると、これは色んな角度から捉えられる。

確認せずとも明らかなので確認してもしなくても明らかなんですよね。なのでこれは誰かが観測している、確認しているものを事実とするという仮定に矛盾します。

ただ時間軸において観測されない限り決定しないものは事実ではないのかと問われると頭抱えます。事実というのを確率的なものと捉えても良いならなんですが。
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Jaco_ten

Jaco_ten

確認しても、しなくても事実にたどりつけないから。所詮人は思い込みの生き物
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としゆき

としゆき

「事実は確認せずとも明らかである」ことが事実であるには、確認する必要のない事実が事実であることを明らかにしなければならない。
ところが、その事実は事実という日本語そのままで表記されており、事実の内容がなんであるか判断できない。

すなわち、本質問内の「事実」が変項としての事実なのか定項としての「事実」なのかが明確にされていないという、意味を理解するための情報が不足している非文であると言える。

ところで、「非文」にも文法的な意味を指摘する「非文」と、意味の不鮮明さを指摘する「非文」の主にふたつの「非文」の用法があるようだが、
質問それ自体が「非文」の構造をしているようでは非文の判断を問う質問としては不適切なものであると判断せざるを得ない。
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マルコ・アモレッティ

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非文であるかは不明だけど、非文らしいとは考えられる
この世界が、歴史や記憶なども含めて5秒前に作られたものだとして、否定することは不可能だし
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

所有しているという事実は、正確には裁判所において確認訴訟の上確定するのであり、今現在は推定による所有であり、推定は、反証により覆るのであるからこの文章は間違っている
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ゆずゆず

ゆずゆず

日本語の文法としては正しいので、この点で非文とは言えないと思いました。
ただ、前後の文脈によってこの文の解釈は変わるため一概に非文であるとすることはできないと考えます。

事実とは客観的に起きた事象であり、推論などは事実とは呼べません。ここで、“確認せずとも”という一文はつまり、推論であるが事実を認定していることとなります。事実となる事象は確認せずとも起きていると思いますが、人が事象を確認して初めて事実と呼べる気がします。そのため、かなり厳しく判断すると“確認していない事象を推定し、事実とすることはできない”となります。

しかし、まあ、今日の太陽が東から登ることを僕は確認していませんが、これが事実であることは確認せずとも明らかであると思っています!


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