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人生なめてるし、めっちゃ嫌なヤツですが、よろしく!
散歩
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年収900万
逆張り
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哲学

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俺に変顔されて泣き止む

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_人人人人人人人人_
> 無重力状態! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

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| ・ U |
| |ι |つ
U|| ̄ ̄||
 ̄  ̄
もうおこったぞう

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その人曰く「この窓から見える壁を這うツタの葉っぱが全部落ちたら私は死ぬ」らしい…。
どうする?
手持ちアイテム
▪️ナタ
▪️ラウンドアップ
▪️はさみ
▪️カマ

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来年中に、その年のその日はこない。
でも、その前日は来る。
いつ?

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■まとめ
今の「安定」は、通貨の骨格(通貨自体の価値を守る制動力)を削りながら維持されている。
株価・企業収益・税収増といった名目上の好景気は、円という通貨の骨格を少しずつ削りながら成立している安定(成長)である。
これは、崩壊ではない(崩壊には見えない)。
ただし、「カードを失いながら延命している安定」に近い位置にいるのは確かであり、 先延ばしが進むほど出口戦略の難易度は上がっていく。
この構造を直視することが、の日本を見る上で重要。

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■ 帰結としての「出口の遠化」
▪️円安に対する制動力が弱まる。
▪️出口戦略が、「先延ばしの対象」として固定化される。
▪️正常化に戻ろうとするほど痛みが増す。
つまり、「戻ろうとするほど戻りにくくなる構造」が生まれている。

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■ かつてあった「円の制動力」
円安が進む。
→ 物価・資本流出への懸念が強まる。
→ 金利引き上げ期待が生まれる。
→ 円が買い戻される。
この循環が、「円の制動力」として働いていた。
■ 削られていく「円の制動力」
理由は、
▪️国債残高の増大
▪️利払いコスト増のリスク
▪️金利を上げるほど財政に痛みが集中
▪️結果としての超低金利の固定化
この構造によって、金融政策より「財政維持」が優先されやすい状態(財政優位)に近い状態
に寄っている。

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日本経済について、円安や金利の短期的な動きよりも、その背後にある、
「円の価値を守るための制動力が弱くなっている」
という構造に注目してみる。

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ポイントは、犯罪が起こったり、予防が行き過ぎた際に、フィードバックによる制度更新を、「国家や制度への罰」として扱うところ。

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■まとめ
このモデルは、犯罪を、個人の道徳だけに帰属させず、国家の制度責任も同時に可視化する。
個人は行為責任を負い、
国家は制度責任を負い、
それでも誤ったとき、国家自身が学習と再設計を強制される。
その結果、
▪️死刑や不可逆刑罰
→制度的に耐えられなくなる
▪️刑罰
→「報復」でも「赦し」でもなく、社会設計を更新し続ける回路へと変わる

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■ 課題と解決
□課題1
予防が過剰化し、「思想刑」に堕ちるリスク
→ 対応
▪️憲法・人権保障を、「国、制度に対して、厳重、かつ、実効性のある」上位制約に
▪️予防基準の事前公開
▪️予防実績の「量×質」を常時可視化
▪️権力分立・司法統制
▪️個人裁量ではなく構造判断で運用
□課題2
犯罪が起きるたび「制度改変」になりかねない
→ 対応
▪️予防総量が閾値を超えた場合も、国家側に制度罰(構造見直し)
▪️国家を、「正義の主体」ではなく誤りを学習する主体として思想設計

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■ 利点
▪️冤罪・過剰刑罰を制度的に抑制
▪️刑罰を「復讐」から「学習フィードバック」へ昇華
▪️再犯防止を、個人努力ではなく社会設計として扱える
▪️国家暴力を「見える・測れる・止められる」ものに変換
さらに、
それでも犯罪が起きた場合、
▪️個人のみを罰するのではなく
▪️国家・制度側に、構造改修の義務・責任フィードバックを課す
という形で、学習過程として回る。

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■実装
実装は段階的に整理できる。
① 初〜中期:非積極介入(基盤整備)
▪️生活保障・教育・医療アクセス
▪️依存症治療・精神医療の権利化
▪️「犯罪=個人の欠陥」という物語からの脱却
→犯罪を「しなくても生きていける条件」を作る
② 中〜長期:積極介入(可逆・限定の予防)
▪️医学的・統計的根拠に基づいた一時的な隔離・治療
▪️期限・再審査・解除条件を明示
▪️司法統制+権力分立の下で運用
→「予防」を罰に進化させない構造化
③ 通期:禁止領域(思想刑への転落防止)
▪️不可逆拘禁
▪️属性・傾向への罰
▪️思想や可能性に対する制裁
→これらは、「予防」が「罰」に転化する領域として明確に排除する。

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■ 新視点
ここで次の二つを再配置する。
① 犯罪を「犯さなくて済む権利」(国民)
▪️貧困・孤立・依存・病理によって犯罪以外の選択肢が失われないこと
▪️冤罪・過剰犯罪化によって不当に「犯罪者」にされないこと
▪️社会的に「犯罪以外の選択肢」が実在すること
つまり、「非犯罪でいられるための条件を
社会が保障する権利」である。
② 犯罪を「犯させない義務」(国家)
これは、「弾圧」によってなされてはならない。
大事なのは、「犯罪を犯さなくて済む権利」を保障する義務であるということ。
▪️貧困・医療アクセス・教育格差
▪️孤立・依存・相談窓口の不足
▪️冤罪リスク・裁量の偏り
こうした犯罪を誘発する構造を国家が最小化する義務として捉え直す。
ここで初めて、
刑罰=正義の執行
ではなく、
刑罰=国家が誤る可能性を抱えた暴力
として位置づけられる。

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■ 旧来の刑罰
旧来の枠組みでは、
犯罪=個人の選択・道徳欠陥
国家=秩序維持者・裁きの主体
刑罰=応報・矯正・抑止のための暴力
という構図が前提化されている。
しかしこのモデルには問題がある。
▪️貧困・孤立・精神医療不足など
構造的要因が見えなくなる
▪️犯罪発生が個人に全て帰属させられる
▪️国家の設計ミス・制度不備が責任化されない
結果として、「個人の罰」は見えるが、「国家の責任」は不可視化される。

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刑罰論に新視点!
「犯罪を犯さなくて済む権利」と「犯罪を犯させない義務」
■ 序論
これまで刑罰は「悪い行為に対する制裁」として語られてきた。
しかし、国家が暴力(刑罰)を独占している主体である国家の側にも本来、責任や義務がある。
この視点が、議論から抜け落ちている。
そこで今回は、
「犯罪を犯さなくて済む権利」
「犯罪を犯させない義務」
という、新しい刑罰フレームを提案する。

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AIに以下をシュミレートさせる。
俺:過去発言から定義
対戦AI:全力忖度なし
メタ判定AI:全力忖度なし
俺vs対戦AI(どっちもAIが操作)に、論争をやらせ、メタ判定AIに判定させる。
その後、両者の言い分には直接介入せず、メタAIにケチつけて勝敗逆転させる

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俺が話聞いてあげてたら、幸子にならずに済んだのかな…

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運転と真摯に向き合ってたら、自然と青色になる。
俺も、やっと、青色のステージに立つことが出来た。

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10000円=64ドル→!?!?

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豚がおならしたら、どうなった?
🐖=3

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俺は3問全部解けた✌️(*^^)✌️

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それは、
誰も見ていないときには起こらず、
誰かが見たと思った瞬間に、
もう起こっている。
しかし、
起こったかどうかを
確かめる方法はない。
さて、これは何?

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それは
使うほどに正確になり、
正確にしようとすると使えなくなる。
粗く扱えば役に立ち、
厳密に扱えば沈黙する。
さて、これは何?

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それは、
あるとも言えず、
ないとも言えず、
問われた瞬間に壊れる。
しかし、壊れたあとでしか、それについて語ることはできない。
さて、これは何?

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おまけ
よくある「鍵をかけずに泥棒に入られた。悪いのはどちらか」は、この責任の構造不知から来る2層混線で、「責め」の倫理悪性の転嫁が行われ、紛糾する。
おしまいける

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まとめ
責任は単一の概念ではない。
不利益事象を因果として記述する原因的責任性と、それを社会が扱える形に再構成した社会的(有責的)責任性とからなる二層構造である。
社会的責任は、原因を否定するものではなく、
原因的責任の上に、制御と分散のために重ねられた概念である。

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発生機序
まず、不利益が発生すると、それは必然的に因果事象として把握され、原因的責任性が成立する。
しかし、因果事象は複雑で、予防や不利益処理に適さない。
そこで社会は、因果そのものではなく、管理・役割・制度設計に着目し、制御可能性と分散可能性を高める責任構成を重ねる。
これにより、原因的責任性を基底層として、
その上に社会的(有責的)責任性が生成される。

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二種類の責任
A原因的責任性
生成起因主体:因果
有責主体:事象主体
制御可能性:低
分散可能性:低
▪️不利益事象を、そのまま因果事象として捉える責任。
▪️出来事が起きた時点で成立し、主体性や制度を前提としない。
B 社会的(有責的)責任性
生成起因主体:制度・社会条件
有責主体:有責主体(制度的引き受け主体)
制御可能性:高
分散可能性:高
原因的責任性を直接扱えない社会が、不利益処理と予防のために構成する制度的責任。因果との一致は要件ではない。

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責任は、次の要素に分解できる。
▪️生成起因主体
不利益が何に起因して生じたと捉えるか(因果/制度・社会条件)
▪️有責主体
不利益を引き受ける主体は誰か(事象主体/有責主体〔制度的引き受け主体〕)
▪️制御可能性
当該責任構成が、将来の不利益発生をどの程度予測・抑制できるか(高/低)
▪️分散可能性
責任(不利益)を複数主体・制度へ配分・移転できるか(高/低)

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責任とは、不利益を受けたという事象を、社会的に扱うために概念化したものである。
ここでいう責任は、道徳的非難ではなく、
不利益発生という出来事を「どのような起因として捉え、誰が引き受けるか」を処理するための概念である。
