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己の内の内を露呈するのみ
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刀と、尾も白い六人組(時々🌈🕒(🌙🍼のみ))の絵とか小説とか。
自我うるさいです。苦手な方は自衛のほどを。
くれぐれも私の創るもの・綴るものに秀逸さは求めぬよう
イラスト
小説
パニック障害
双極性障害
刀剣乱舞
ワイテルズ
おりコウ

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うつ→全ての事象に対してガン飛ばすことしかできなくなる期間

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・登場人物の名前は、おおよそではあるが把握している(と自負している)
・YouTube shortsで映画の小ネタ(考察?)をいくつか見た
という、ミリしらと呼ぶには少しばかり多い情報量(しかも自らネタバレを食らいに行って得た情報もある(絶対劇場で観るんだ!と思いながら生きていたのに、なぜか見ていた。本当に意味が分からない))を携え、金曜日にチェンソーマンを観てきました。
アニメ・漫画共に未履修だったけど、ストーリー・細かな描写・劇中歌などが綺麗に折り重なった結果最初から最後までずっとあの世界に没入できていました。アクションシーンの迫力とテンポ感もとても爽快でしたし、あんなにも個性溢れる絵柄で描かれたキャラクター達が日常の風景に綺麗に馴染んでいるのが神業としか思えませんでした。
しかしそんないくつもの感動以上に、エンディングがどうしても苦しすぎました。誰も彼もが幸せになれなさすぎる、辛い。そんな状態になってしまった私は劇場が明るくなって直ぐに「あぁ。そうか。今この苦しみから逃れるためには私がレゼちゃんになって生きていく他ないんだ…」という思考に陥ったので、自認レゼの人間というのはこのようなロジックで生まれるのだなと思いました。いいえ、違います。

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10周年おめでとうございます。これから先も6人に幸あれ。

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それは弱小作家(作家なんて大それた名を語るんじゃない)の手に負えないほどで、「作品が独り歩きしている」とはこのことを言うのかと納得した。私の元に戻っておいで…。

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歴史上人物を含めた登場人物全員が座礼で幕を閉じるというのはなかなかイレギュラーなもので。そんな終幕を前にした初見の私は彼らの物語がちゃんと完結したのを感じれないままあれよあれよと2部を観劇したのを覚えている。観客が言える立場でないけど、なんとなく不完全燃焼(煮え切らない?)という言葉がよく似合う終わり方だと思っていた。
ただ、今回のポストを見てから改めて幕引きを見てみると「必ずしも有終の美で終わらせなくてはならない終わり方などない(=全てが正しい歴史に修正できるとは限らない、必ずしも正しくあれるとは限らない)」という、彼らの背後には残酷だけど当然だと言えるような道理があるように思えた。だからこそ、これは断じて不完全燃焼な終わり方なのではないのだ。これは綺麗事のない極めて綺麗な終わり方なのだと、正しい川の流れであり、それの正しい塞き止め方だったのだと。そんな終わり方であることこそが江水散花雪を江水散花雪たらしめている要因なのだと思う。…全てが面白いくらい見当違いかもしれないけれど。
例え間違いだとしても私はこの物語にそのような解釈を抱いているし、刀ミュの中で1番好きな作品が江水散花雪だから、これからも自分の中でこの作品に対する解釈を深めるようにしていきたい。

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花影に出てくるカゲの髪が無造作なのにお化粧が華やかなのって「人は初対面の時に顔(特に目)を見る場合が多いから力を入れてお化粧したけど、表に出ることがないから髪まで綺麗にしないといけないのは知らなかった(もしくは本人の中で優先順位が低かった)から」なのではないのでしょうか……。
仮にこの考察が正しいのだとしたら、彼の本物でありたかった、役に立ちたかった、愛されたかったという気持ちの強さは凄まじく、そしてそれは自己を確立する為に必要で、そしてかけがえのない想いだったのかもしれないですね。その為に自分を綺麗に飾り付けていた、それなのに影打ちであることはやはり見破られ結局一期一振にはなれなかった。
カゲはどこまでも純朴で、それでいて報われることはずっと叶わない存在なんですね…。どうか、どうか別の形ででもいいから、彼には幸せになってほしい。

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最近様々な方からいいねを頂くことが多いです。私はいつの間に徳を積んでいたのでしょう。


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かと思えばしっかり自我を持って行動しているように見受けられる言葉もあるので見方によってはどちらとも受け取れるんです。それがなかなかに難しい。それはそれとして彼の思考は考察しがいのあるものだと思います。もっと彼のことを知りたい。

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(破壊はお守り持たせても怖かったので回収してないです。弊宅の肥前には必要以上にボロボロになってほしくない。)

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推しのネタバレを控えたいのならSNSを見るなとあれほど……………。

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弊宅の肥前へ。たとえ旅先で嫌なことであろうとも、それに向き合うのは確かに大切なこと。だけど私はそれが最適解であるとは限らないと思ってる。だから、心の底から辛くて苦しくてやるせなくなった時は、とにかくご飯をたくさん食べてきて。幸せをこれでもかというくらい溜め込んできて。食費とか気にするんじゃない、明日からの4日間は貴方が己に向き合う為に用意された時間なのだから。
大丈夫。貴方は、絶対に強くなれる。

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匂いは記憶に結びつきやすいというのはよく聞くが、本当にありありと思い出せるから凄いものだ。

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#しろっぽ


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本当、そういうところだぞ。

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友人がどうかは分からないが、私は学校に行けなくなった数年で諸々の考え方が大きく変化した。そのせいで友人の考えを尊重はできても受け入れることが少し難しくなってきたことに気づいた。
背が伸びたね。いい意味でも悪い意味でも。

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やばいよ〜、今のところ本音で話できるのカウンセラーの方と主治医の先生しかいないよ〜、1ヶ月に1、2回しか会えないのに〜悲しい人間。

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うーん、でもやっぱり土佐勤王党時代(=特命調査範囲内)の岡田以蔵の深掘りが最有力候補だよなぁ。
あと気になるのは肥前がこの修行を通して大業物としての威厳を取り戻してくるのか、それとも人斬りの刀という肩書きを完全に受け入れてそこから自分なりに「肥前忠広の在り方」をもう一度見つめ直し、現実をそのままに受け入れることにするのか。いずれにせよ、斬る為に使われることに対して抱いている劣等感、それと同時に発生する斬ることでしか自分の価値を見いだせないという救われない想い・思考(あえてこの表現にさせてもらう)が如何に変化していくのかがとても楽しみであり少し怖い。まぁ、どうなろうとも私は新しい貴方のことだって大切にする他ないのだけどね。だから。恐怖だって、後悔だって、なんだって。一緒に立ち向かっていこうな。

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