
天文
議論と反論を繰り返しまくって納得と理解に到達する時の気持ちよさが趣味
宇宙
哲学
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天文
【明確な正当】という事実の証言が提示されたとする
▶確実に納得できる証言だとすれば、こちら側が引き下がるべき
だが引き下がることにより【こちら側の大損害】があるとすると、どうにかして納得してもらえる理由を探し、検討してくれるよう必死をこく。
私はここで思った。ガチの誠実な人は、自分の利益よりも事実を優先し、
潔く引き下がるのでは無いかと。
だがそれも、検討してくれるように必死な姿勢見せて、承諾して頂ける可能性も考えると、潔いがアダとなる可能性だってあるのでは無いかと考えた。
結局「誠実」というのはバランスよく扱うものであり、0か100という全振り状態は知性に欠けるとみた。
意見反論どうぞ

天文
文の構成ヘッタクソだけど、反論や意見求む
「宇宙にはなぜ、生命があるのか」という問いが、宇宙物理学界や宇宙生物学界などの科学的分野で、一目置かれている。
私は、哲学を学習するとき、「生きる意味」について考えていると、より深く思考し、生命の誕生理由を考えるという結果に行き着いた。
そこで、哲学的思考から知的好奇心として、科学的に生命が誕生した理由を知ることにした。
調査方法としては、〇〇中学校・高等学校で開催した、「〇〇サマーセミナー二0二五年」の講座を聴講するといった方法だ。ここで私が聞くことにした講義は、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻教授である、戸谷友則氏のお話だ。
戸谷友則氏の話によれば、宇宙に生命が誕生した理由は、有機物の生成や分子の進化が、膨大な宇宙で化学反応としてランダムに繰り返され、 長期にわたりそれが行われることによって、極めて偶然とされる確率で生命ができたという「確率論的生命論」だ。
この戸谷友則氏の仮説から、科学界からみても特質と捉えられるほどの低確率ということを表していると考察した。
一方で、生命の誕生が証明できるのか否かという疑問的な考察として、宗教的な思想をベースにして立てた仮説ではなく、データや解析、分析として考えられた仮説なため、科学的根拠から考察して仮説が立てられたことを示唆していることから、生命の誕生が科学的に証明出来る確率は0ではないということが考察できる。
これらの考察は、戸谷友則氏が仮説として提示された「確率論的生命論」を元に考察したため、「生命の誕生理由」を含めた上で更に持論として考察するならば、アメリカの物理学者スティーヴン・ワインバーグ氏が提唱した 宇宙マルチバース説や、アメリカのアラン・グース氏と日本の佐藤勝彦氏が提唱したインフレーション理論の他に、有力となれる仮説をまず取り組むといった順序の方が、宇宙のあり方である根本的な仕組みすら仮説の状態で留まっているため、「生命」というまた1段階先の議題に踏み込みやすくなると考えた。
つまり、「生命の誕生理由」を含めた考察をするならば、宇宙の成り立ちの真相を解き明かす前に1歩先の話に踏み込んでしまうのは、仮説の本質を欠くと考察した。
仮説の本質を欠くのでは無いかと考察できた理由について、もう一つ挙げると、戸谷友則氏が講義で話されていた内容の内に、「宇宙物理学界で生命のことに考え始めるのは、変わり者と言われる」と仰っていて、その言葉の意図を汲み取ると、現段階の有力とされている仮説の状態の宇宙論の中で生命について考えるのは、変わり者 という意味なのではないかと更に考察出来たからだ。
これらのことから、宇宙の科学的成り立ちの複雑さや広大さ、宇宙の全てを解明する難しさが分かり、1つの事柄について論を展開するにしても、宇宙という1括りのジャンルの中に何種類もの仮説や化学が複雑に絡み合っているということが分かったため、 一個人のひとつの考察では考えきることが難しい複雑さだという事も分かった。 いままでの考察や結論を踏まえて、宇宙の分野を考察する時は、 宇宙の複雑さの観点を考慮すると、ある事柄のみに特化した考察や見解では正しい考察は出来ないと考える意見が導き出せた。 そのため、宇宙という分野に限らず、考察や見解をする際は、一部分だけにとらわれずに、視野を広く持つという課題が見解できた。

天文
面白そうだからこの議題。反論求みます。
「生きてるだけで偉い」これについての賛否がすごい良く耳にするから、私なりの見解。⬇
結論から言うと、つまらない回答だけど
「偉い も、偉くない もどちらとも取れる」。
これは個人の考えだけど、→偉い偉くないの2択にしなければいけない場合、「偉くない」派かな。
生きてるだけで疲れるししんどいし面倒くさいこといっぱいあるし
生まれ持ったもの(才能)からの圧倒的格差、
なにも平等じゃない時点から始まる場合はめちゃくちゃある。
だからそんな人の助けになるために作られた言葉なんだろうね「生きてるだけで偉い」って
つまり社会全体のことを見てしまうと、
税も収めず働きもせずましてや人の尊い命を奪う行為をしてしまう
このような人と、社会に圧倒的な貢献をした人を比較してしまうと、
怠惰で殺人までしてしまった人に「偉い」なんて言葉を称してしまったら、
後者の貢献した方々の失礼にあたるのでは?
ようは視点の違いですよね。
「ニンゲン」その人の辛さや一個人として見るのか、
「社会全体」としてみるのか。
わたしは細かいことより社会全体、生命(人間)がまわるかどうかを重要視する派なので、
2択にするなら「偉くない」としていただきましたね。細かいことも勿論大切ですが‼️
この考え方で合っている?のか、他にほかの考え方はあるのか、よろしくお願いします。
(敬語と砕け言葉ごちゃまぜで読みにくいかもしれないですすみません。)

天文

天文
長くなりますが、出来れば私の考えに指摘や議論の持ちかけをよろしくお願いします。
私の見解は、結論「生きる意味は無い」です。
確かに生きている中で、
「意味あること・価値あること」
などの、諸々の意義は非常に沢山あるということは承知です。
ですがそれは
未来の自分に有利になったり、
感情として気持ちよくなったり(好き、楽しい、成長の喜び 等々)、
と、利益やメリット、生きることの喜びetc… に繋がるから、
全てのことに意味がある や、価値がある、経験となるから
どんなことでも意味はある、という結果にできます。
でもそれは「生きる」の中での話で、
「生きた''先''」見据えて話すならば、
最終的に ''死'' 言わば、
何も感じない、何も無い、本当の無 、
が現在の1番極めて有力な死の先の結末であり、つまり
何も無くなるのであれば生きた意味という観点からみれば無くなり、
生きた意味が無い≒生きる意味は無い
と捉えられます。
そもそも人に知能、知性、感情 があり、勝手に意味を見いだせているだけで、
人間(生命全て)も自然界の物質の1部に過ぎない。
星だって寿命を迎え爆発して消える。
この星が生きた意味はある?と聞かれたら無いと答えられる人が多いのでは無いだろうか?なぜなら、星には知性も感情も無くただただ存在する物として存在していて、意味なんて見出さなくても実在するという事実しか科学上解説できないし
なんかごちゃごちゃしましたが、
まぁつまり、
ガチの根源であるビッグバンの誕生理由(誕生できた理由ではなく、誕生した理由)が解説できない限りは、生命(人)の生きる意味は解明出来ない。
「解明できないことは≒無いに等しい」
(幽霊とかも居ないということは解明するよちがありませんし、この世界が仮想現実だと提唱する人もいますが科学的根拠がまだ足りない この状況は、起こりうるかもしれない、有りうるかもしれない、だけど科学的に立証出来ていないから一旦は ただの仮説、案 として保留のような形にして、有るか無いかの2択にするならば無いにするべき という理論に基づき。)
一旦は、生きる意味は解明できないけど、有るか無いか なら「無い」
生きる意味は無い
という形でいいんじゃないか?と
考察して「生きる意味は無い」という
私の考えです。
