
ガク
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いつでもラインしてきなよ
苦しい時、力を貸すからね
あなたの内面、素晴らしいものがある
私はあなたが大好きだ
友達になれて、とてもうれしい

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あと面白く生きてる人、ご飯をおいしそうに食べる人

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なれない人はそれよりうんと多いけれど

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自分だめだなーって思っちゃうね

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昨日の私ももういない
ただ希望を抱いて進む

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高いところも、暗闇も、閉所も、平気。
でも、人混みとか、お祭りの雰囲気は怖いって思うときある。

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顔に突進してきた蜂を神回避

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小説とか文系の専門書をよく読む。

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恥ずかしいから見せれない!

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@aconitumly
時々スペとかもしてるので

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体が整うから〜

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私が愛を受け取っていいのなら、
少なくとも私が受け取る愛では、言動の奥にある真心に絶対的に価値を見出す
人を愛するとき、無限の完全な形であげたいけれど、
肉体がある限り不可能だと思ってしまう
だから僕は人に永遠の愛は与えられない
偽物で、
偽善者で、
無様に転ぶピエロなんだよ。
大切なあなたが笑っていてくれるなら、それでいい。
例えあなたが見る未来に僕がいなかったとしても。

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大好物🥰

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午後は本読むか大学の人と喋ってるかバイトしてる時が多いかな

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もずくにポン酢とレモン果汁入れるだけ!

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xやってる
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自分は絶対に死なないし、生きて生きて生き抜いてやると思ってる
120歳まで、あと99年生きるって決めてる

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それはいいけど、起きるのが遅いし身なりを整えるのに時間が掛かるしで、昼過ぎにならないと家を出れない
要するに、今も昔も社不

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ハーンの観察の鋭さと表現力は素晴らしい
明治期以前の日本を訪れてみたいものだ
渡辺京二 逝きし世の面影とともに知り合いにおすすめしてまわりたい

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一人っ子ー!

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実力も責任感もなくて、軽率に人を傷つける
もう今までたくさん傷つけ傷つけられてきたから、、
自分の中にある毒から、逃れられない
どれだけのありがとうを言ってもらっても満たされない
救われたい満たされたいと思っているおこがましい欲深な自分が、いかにも偽善者で嫌になる
逃れられない
幸せになりたい
皆と一緒に笑っていたい[大泣き]

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別に、普段こういうことを意識して人と話しているわけではないです。
自分の感じ方をあえて文章にしてみるとこんな感じかなと思っただけです。
そして、これは人間以外の生き物や存在に対しても当てはめられるかもしれません。
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私は他者を多面的な捉え方をしている。いろんな要素の集まりとして捉えている。
分かりやすい要素を取り上げると、所属している組織の人に共通している性質や人間としての個体の特徴、立場とか、ある話題を取り上げた時の話題に対しての相手の中で動いてる感情や記憶(言葉の表面にあるもの、あるいは表面には出ないもの。)
そういう要素たちと自分の中のいろんな要素の組み合わせで、その空間、その状況は出来上がる。
もっと言えば、その部屋の気温やものなんかも影響する要素。
人との関係を作っていくとき、一気に相手の骨組みを見ようとするのではなく、まず、自分に害がないかを見極めつつ、その場にある要素をつかんでいって、気が合いそうならさらに踏み込み、合わなそうならそれなりでとどめて踏み込まない。
接している一面の中に、自分が知らない要素、例えば分かりやすいところでは自分が知らない単語や学問領域由来のものが混じっていたら、その場で確認するなり、あとで調べたり考えたりして見て、自分のものにしておく(知っているものにしておく)、もしくは、分からないなりに、漠然としたイメージを持っておく。
相手によって、その要素をとらえるのに時間がかかる場合がある。
ある例では、興味を持った相手の中に、どうしてもわからないものがあって、自分なりに納得するのに数か月かかった。(自己開示をしていない部分を周辺情報を集めていっての分析でもあったから。)
多面体を面の境界(エッジ)をつかみながら明らかにしていく。(ただし、これは勝手に相手のことを分析して、隠していることさえ暴いてしまう行為だから、相手に大変失礼なことになりうる。)
エッジを見せないようにしている人が時々いる。そういう時には、ぼやけている所の輪郭から、なんとなくここにエッジがあるんだなと感じて、分析することもできる。そのぼかし方もまた、要素の一つ。
ペルソナもその人の一部だし、関わっている人からそれの存在を感じたり、またそれがどのようなものか分かってしまったとしても、あまり何ということはない。私と相手の関係があるだけ、いろんな要素がある空間がそこに存在している、それだけがすべて。切り取り方は多様だけども。
この文章も、自分のものの見方の、一つの切り取り方に過ぎない。
会話は楽しい。人と関わって、新しい情報を得るのも、新しい世界に触れるのも、面白い活動が広がっていくのも、とても喜ばしいこと。^^

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空気が綺麗になるから。

ガク
本当は上辺だけだとしても愛されていたかった
とか、切なすぎて涙出てくる
