
ランワイン
現在、かき氷、落語(三遊亭あん丈推し)にどハマり中
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ランワイン

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玉ねぎにんじん、じゃがいも、ほうれん草、マッシュルーム。
大量に作って3日ぐらい食べよ👍

ランワイン

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ランワイン
昨日は初笑いで、上野、鈴本演芸場。
4000円で一部二部合わせて6時間ほど。
とてつもないコスパです。
推しのわん丈さんは出てなかったけど、菊之丞さんとか、正蔵さんとか一朝さんを始め落語家さん、漫才師さん、手品師さん、と錚々たる面々。
お正月とあって内容もいつもと違う、昨年や今年についての雑談(まくら)が多かった。
極端に言えば、僕は演目より、このまくら部分が大好きなのだ。
楽屋話や他の会場での出来事、師匠、他の落語家さんの話からちょっとした生活の話まで。
そんな話をされながら会場のいるお客さんを引き込み息を合わせていく時間。
お客さんも笑ったり頷いたり、唸ったり、時には話したり、その掛け合いによって場は盛り上がり、そして演目へと入っていく。
この、まくらにあたる、日常の切り取り方に、僕はとても魅力を感じる。
それは殆どの場合、失敗談や苦労話。(もちろん人は他人の幸せな話より、失敗談や不幸話に興味津々なのだ)
そのような失敗談や苦労話、不幸話も、細部を切り取って後から思うと笑えるのです。
僕も常々思っている。
失敗や問題や、不幸話は、必ず後で笑える。
振り幅が大きほど笑える。
だから何か起こっても、(あっこれ後でネタになるな)と思っている自分がいる。
とは言え、苦労や失敗はもちろん楽しいものではなく、その時々は傷つくものです。
だけど、ポイントは、それを笑いに変えるって所。
人生は悲劇でなくて喜劇です😊
今年は僕もさらに仕事の問題は積み重なり増幅していくけど、その中にも笑えるネタの詳細を仕込んでいきたいと思います。
幸せは細部に宿ります。
一つ昨日ではないけど、わん丈さんの最近のまくら話。この話で会場は笑と感心の共感で包まれました。
それは落語家という家業だから家で子供と過ごす時間は少なくて、お子様(小学生)のしつけは奥様に任せがち。
ある日、お子さんがお父さん(わん丈さん)に、"何か面白いことやって"と頼みます。
(元プロのロックシンガーである)わん丈さんは布袋寅泰のモノマネをかなりオーバーにやります。
もちろん小学生のお子さんは布袋寅泰のことは知らないから笑もしない。
だからわん丈さんはYouTubeで布袋さんのビデオをお子さんに見せて説明します。
するとお子さんは、
"お父さん、この人はとても素敵な音楽家じゃない。それをお父さんは小馬鹿にしたようなモノマネをするなんて失礼だよ。もっと尊敬しなくちゃ"
そう言われたわん丈さんは、感動したそうです。
"よくぞこんな素直で良い子に育ってくました。(わん丈さんのいない間に)奥さんのしつけ、教育がとても良いということだ。本当に感謝ーと"
もう一同感動と笑いの渦。
幸せは細部に宿ります。
ということで、今年とどうかお付き合いください🙏


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それは常に生活のささやかな出来事を観察するのから始まるんだけど。
そうすると平凡な生活(あるいは失敗や困難にも)にも豊かさが増すと思うなー。
幸せは細部に宿る
今年は心がけよう。

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その中でもやはりお客さんとのやりとり(ふーんとかリアクション含む)が一番盛り上がるし、会場との一体感が出て楽しい。
かき氷も、僕の感想の一語一句に店主は喜んでくれて、またいろいろ教えてくれて、そのやりとりがとても楽しい。
何事もコミュニケーション。

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シャインマスカットとバニラソースがどっても合う。そこに蜂蜜のアクセントを。
完璧な逸品です👍
#果実と氷岩澤麻布十番店
#かき氷
#冬こそかき氷






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サラダと味噌汁用の野菜
#麻布台ヒルズ




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面白かったー




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#bricolage bread and co



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店主はいなかったけど、後でメッセージくれた🥰


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めっちゃ美味しかったけど、よっぽど僕がお腹が空いてると思ったのか、炒飯が2人前ぐらいの大盛り。
た、食べきりました…



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一年ワーホリで日本をめぐるとか。
女の子がまー可愛い。(カップルですが😅)


ランワイン
今日は店主とお寿司や牛丼の話で盛り上がり、笑顔に癒された。
怒涛の一日の終わりは穏やかに。


ランワイン
傑作です。
少しビターなブリュレされたバナナと香ばしいピスタチオエスプーマ、そしてほうじ茶ソースの複雑なコンビネーション。
いや、傑作です。フレンチの一皿と言っても過言ではない。
#果実と氷岩澤麻布十番店




ランワイン


ランワイン
年末年始もずっと仕事していたに違いない。
本当に素敵な人です。





ランワイン
もう宝石のようです🥰
#果実と氷岩澤麻布十番店




ランワイン
無難にこなした…
しかし今年の予定を見るとめまいがするわ。

ランワイン

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あなただけではありませんー😱
一緒に乗り越えましょ👊

ランワイン
ダイエットとというのは好きで無いし、リバウンドもあるので、あくまで生活習慣として🏃🏼➡️🏃🏼➡️🏃🏼➡️

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今年は昨年より更に仕事は大変になるけど、かき氷、わん丈さん、そしてグラ友さんに勇気をもらって、一年フルパワーで駆け抜けるぞー🏃🏼➡️🏃🏼➡️🏃🏼➡️🏃🏼➡️🏃🏼➡️
人生は一度きりやー👊
#新年

ランワイン
そんな苦しい中でも、グラ友の皆さんのいいねや暖かい言葉に支えられ、勇気をもらい、どうにか元気に過ごすことができました。
遠くのリア友より、近くのグラ友です🩷
どうか皆さんも良いお年をお迎えください。
そして来年もよろしくお願いいたします🙏


ランワイン
「何かをしてしまった後悔」と「何かをしなかった後悔」である。
後悔先に立たずというのは「何かをしでかしてしまった」後悔についての格言であり、「何かをしなかったことについての悔い」についてのものではない。
(中略)
つまり「しなかったことについての悔い」は長い時間をかけて「悔い」として根を下ろしたものであり、その「悔い」そのものが人格の一部をなしているような種類の「悔い」であり、「してしまったことについての悔い」というのは「できるだけ早く忘れた方が良い」種類の「悔い」であって・・・・・
どちらの「悔い」が毒性が強いか、考えて見ればすぐにわかる。
私はその貴重なるアドヴァイスを受け入れ、とりあえず「後から考えて”やらなかったこと”を後悔しそうなこと」をかたっぱしから「やる」ということを生きる上での基本方針に採用してきて今日に至っている。
その結果、私は数え切れないほどの愚行を重ねてきたけれど、私はそのことを全く後悔していない。
(内田樹、子どもは判ってくれない)
来年もやりたいことは全部やる💪

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(てんはみずからたすくるものをたすく)

ランワイン
誰がきっとあなたを見つけてくれます。

ランワイン
果実と氷岩澤に出会ったのは今年の1月11日。
ただ2回目に訪問したのは2月の終わりなので、本格的に通い出したのは3月。
僕の生活に"生きがい"と言っても良いほど、潤いと癒しを与えてくれたこの出会い。
今まで生きてきて今が一番幸せ。
来年は必ずこの2人を引き合わせるぞ👊
#果実と氷岩澤麻布十番店
#三遊亭わん丈





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U2 ボノ

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N&coシリーズのフェイス&ハンドソープ
あまりの質の良さに即買いしよういろいろ探しても出てこない。
…生産中止になってました。
なんでなん😭


ランワイン
チョコレートソース何でもチャレンジ中。
この組み合わせも抜群に美味しいよ。
今年の締めかき氷はこれ!
#果実と氷岩澤麻布十番店
#冬かき氷
#冬かき氷推進委員会






ランワイン
これはカジケンさんという方のブログの言葉なんだけど、時々繰り返し読んで戒めとしている。
今年僕は何をアウトプットしただろうか?
走ること、Noteを書くことぐらいかな。
来年はもっとアウトプットしないとな👊
ーーーー以下抜粋
美味しいものをいっぱい食べて感動しました!
きれいなものをいっぱい観て感動しました!
(人が創ったもので)とても感動しました!
毎日そういう感動を追い求めて、そして極端な話、毎日感動しまくった日々だったとして、果たしてそういう人生が充実していたと言えるのか?
語弊があるかも知れませんが、たとえ感動的な映画を観て涙が枯れるほど泣いたとしても、結局それは美味しいご飯を食べて感動しているのと、本質的には同じこと。
だって結局は誰かが作ってくれた刺激に反応しているだけだから。
それがダメだということでは全くなくて、そればかりを追い求めるような生き方は片手落ちだと思うのです。
消費がある意味、誰かが作ったものを自らにインプットする行為だとしたら、それとは対極に、自ら外の世界に働きかける(アウトプットする)ことで、何らか差を残す。その過程において体験する感動もあろうかと思います。
美味しい料理を食べるのと、美味しい料理を作って食べてもらうことの違い。
花火を観に行くだけ(笑)と、自ら祭りの準備に関わったときの、お祭り当日の違い。
インプット(消費)でも感動できるし、アウトプットでも感動できる。
心が震えるという意味では同じことですが、どれだけ感動したとしても、それが結局は誰かが作ったものを消費した結果なのか、自分が何か外に働きかけた結果によるものなのかで、全く質は異なると思うのです。
だからこそ、常に心に問うておきたいものです。
その感動はどっちのもの?

ランワイン
2011年、とある小学校の卒業式での校長先生の言葉。
胸に刻んでおこう。

ランワイン
気持ち良い🏃🏼➡️










ランワイン
そのうち お金がたまったら
そのうち 家でも建てたら
そのうち 子供から手が放れたら
そのうち 時間のゆとりができたら
そのうち・・・
そのうち・・・
そのうち・・・と
できない理由をくりかえしているうちに
結局は何もやらなかった
空しい人生の幕がおりて
顔の上に 淋しい墓標が立つ
そのうちそのうち日が暮れる
いまきたこの道かえれない
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相田みつを
