感情のアップダウン年末年始で、自分の過去と向き合ったり、自分を大切にするマインドを大事にしてみて、結果的に以前よりも、生きづらさを感じにくくなったんだけど。今日から仕事始めで、いつもの電話かかりまくり、タスクが積み重なり、で笑あーいつもの日常が戻ってきたなぁと。それが、年末年始のギャップというか、他にも、自分の力量が試されるようなシチュエーションが重なって。上手くいく未来が見えてるのに、心の可逆性というか、自己否定というか、お前もっとやれよ、と、もう1人の自分が出てくる。ふと眠れなくなって、ふと不安になって、オレはやれてるのか、やれんのかそんな感じで詰めてくる。誰からも愛されないオレには誰も救えないそのダークサイドに呑まれそうな夜を過ごしてる。
努力とは努力できないんですけどどうすればいいですか?そんな投稿があったので、コメントした。努力なんてしなくていい。行動すれば良いだけ。思考も感情もいらない。ただ、行動するのみ。高い目標なんていらない。小さな一歩の積み重ね。頑張ろうとするから頑張れないんだよ。やろうやろうと考えると、イヤだなぁ、めんどくさいなぁ、明日にしよう、別にやっても意味ない、そんなやらなくていい理由を頭の中で並べてしまうんじゃない?だから、感情も思考も停止して、まずやる。トレーニングしたかったら、まずはその場所まで行けばいい、そこで何もしなくとも行ったことに意味がある、行ったらみんなやってるし、少しやろうかなという気分になったりもする。努力の正体とは、単なる行動の積み重ね。ただただ、小さな一歩を積み重ねていくだけ。行動の継続が習慣になり、それが月日を経て結果になる。簡単に変われない。いやいや、毎日1ミリでもいいから成長するんだよ。無意味に見える、たいしたことないことの、積み重ねによって習慣は作られる。だから、努力しなくていい。小さな行動をただただ積み上げるのみ。
今年の抱負3賀日が過ぎて、31日からほぼ4日間ひきこもり生活をした笑 ただ、自炊と洗濯と入浴と睡眠と最低限というか、これまで忙しい毎日で身についた習慣は維持しつつ、映画を観たりドラマ・アニメを観たりした。オレの好きな人たちと日々、沢山話したりLINEのやり取りをしたりして、幸せな時間を過ごせた。不思議と自分を肯定したり、愛されているようなそんな感覚を覚えることが自然と出来ていた。自分らしさの本質であったり、自分の大切にしたいことだったり、沢山言語化して、文字にしたり、誰かに聴いてもらったり、なんかすごく良い休日を過ごせている。今年は自分らしさを最大限に活かして、仕事もプライベートも充実させたいと思う。自分を大切にすることは、自分を大切に想ってくれている人を大切にすることなんだと、なんとなく自覚した。
先生の白い嘘以前、マンガで読んだことがあって、映画かされたのを知って、内容を知っていたからこそ、観ることに勇気が必要だったけど・・・休みを理由に、観てみた性と愛について、思春期からずっと考えてきた尊厳と、それを踏み躙る行為について考えてきた性は時として、暴力装置になる強制的にそれを求めるのは、相手の尊厳を奪う自分の性を軽んじることも、自分への暴力だ自尊心を傷つけられることそれは、絶望的な状況で、心が深く傷ついて、自分そのものを許せなくなる幼少期、家庭は安全な場所ではなかった暴力や恐怖で支配されていた傍目から見れば裕福で幸せな家庭でも、その中で生きていくのは毎日がやるべきことをやらないと、居場所がなくなるという恐れを感じていた私は自分に価値を置けないぶん、他人を幸せにすることでしか、自分を許せない自分の存在意義は誰かの役に立つことでしか、感じることができなくなっているただ、そんな生き方にもそろそろ疲れてきた自分で自分自身を幸せにする、そんな生き方を少しずつできるようになりたいと思う
周りと違っていること個性とは、個々が有している特有の性格・特質だ。つまり、人はそもそも、他者と異なる。だけど、国・地域・組織において周りと同じであることを求められる。特に、日本は単一民族だから。ましては車座を組んでいる田舎なら尚更。私は、青森と北海道を行き来する引越しを繰り返した経験がある。小学校3つ、中学校2つ在籍経験があり、青森市→江別市→札幌市→弘前市と転校を繰り返した。青森と北海道では、それこそ言語が違う、民族的な背景も違う。アイデンティティクライシスも何度も起きた。家庭環境そのものが、個性を否定する傾向にあって、自己を認める為に、他人の何倍も努力すること、他者に求められたら可能な限り応えること、それが私の特性になった。そこが、そもそも、周りとは明らかに違う個性となった。特質というか、明らかに年齢にそぐわない知性と空気を読む力。狂ったように20代30代をアスリートとして、肉体と精神を極限まで追い込んで鍛えたこともあって、常人ならざる体力とストレス耐性がある笑(そのせいで心臓に不具合and肋骨にヒビでも狂ったように働いてます)だから、誰かと比べても仕方ないし、そもそも基準が違い過ぎて。私は自分のことも含めて、ぶっ飛んでるくらいの個性が好き。もちろん、対話とお互いの価値観を尊重し、理解しようとする姿勢を大切にできるのが大前提だが。※一般的とか普通とかをちゃんと理解することも含め
愛着のかたち幼少期、ありのままの自分を受けれ入れてもらえい経験をしたり、家庭が安全基地でなかった場合自分ではない何かになろうと、異常な程、頑張ってしまう癖がついてしまうことがある。私もその典型で、頑張るの基準が人と違うらしい。狂ったように、寝食を忘れて、命を賭して、そんな異常だと思われるくらいに、物事に没頭したり、結果を出すために命を削る癖がある。だから、親にずっと否定されていた、サッカー選手になることや、ビジネスの世界で、圧倒的な成果を出して、異例の早さでステージを上げていったり。今じゃ、経営者なんかやってたりして。今年は、本当に苦しい1年間だった。過労死ラインの3倍に当たる時間の残業を約1年間続けてきた。9月10月11月の3ヶ月で5000万の売上を作った。ホントにバカみたいに働いて、従業員や職人さん、お客さまの幸せにつながるよう最大限やってきたと思う。ただ、年末、仕事の手を休めて、ふと1人自分と向き合う時に、酷く不安定というか、全部が虚しく感じてしまう。オレ、何やってんだろなって・・・年末年始は少しだけ、自分のこと癒したり、足元を固めたり、出来たらなって思う。
現行一致最近、向き合ってきた人が、気持ちはあるけど、行動できてない的な発言をした。うーん、それは気持ちがないのと一緒では?付き合いたいと思っているけど、向き合うのはもう少し時間が欲しい?何だろう・・・それは・・・単純に相手に対して気持ちが大きくないから出来ないだけだと思う。やりたいと思ってるけど、できてない、は、それほどやりたいと思っていないのだよ。逆に思っていなくとも行動できている人の方がよっぽど信頼に足る。要するに気持ちどうこう言うよりも、気持ちをちゃんと行動に移せる人間の方が信頼できるということだ。口では何とでも言える。大切なことはきちんと行動すること。行動こそが、気持ちの証明なのだよ。
親との対話2年ぶりに青森の実家に行った。母の誕生日ということもあって。花束と赤ワイン、父にはオールドパー(ウィスキー)を用意して。幼少期、いわゆるスパルタ教育で育った。今なら間違いなく、虐待・体罰にあたることを、たくさんされた。家のルールに従わなければ、外に出され、よその子になりなさい。イヤなら出て行け。泣き止むまで納屋に閉じ込められたり、雪の日に外に裸足のまま出されたり、窓から積もった雪の中に放り投げられたり、罰としてご飯を食べさせてもらえなかった日もあったし、鉄拳制裁も普通にあった。お前にはムリだ。才能がない。お前のことは認めない。いつもお前は間違えてる。自分勝手なことばかりする。無条件に愛された記憶がない。いつも条件付きで、寄り添ってもらったことがない。だから、人に頼るのが苦手。弱い自分を見せられなくなって。人の期待に応えることが習慣になって。ある意味それで、すごく能力は高くなったけど、孤独感を強く感じたり、お人好しが過ぎて、酷い目に遭うことも少なくなくて。ただ、今回の帰省で、ちゃんと本音をぶつけることができた。父は逆に拗ねて、また、否定的なことをいってきたけど、母は寄り添って、謝ってくれた。それだけで、少し救われた。父は、相変わらず、上からものを言うクセが抜けず、凝り固まった残念な価値観を押し付けてきたけど。それを言い負かせるくらいには、私も大人になったようだ。過去は変えられないけど、過去への執着を手放すために、向き合うことができた。
自分の感情周りの要求に応えてばかりいると、自分のホントの気持ちが分からなくなるしたくないと思っているのに、そこを無視してムリに応えようとしてしまったり相手にイヤな思いをさせたくないからと、本音を呑み込んでしまったり、言いたいことがあるのに、言葉にするのをやめてしまったり自分の気持ちを無視していると、ある時突然、感情が溢れてきて、気づいたら涙していることもあるあー、自分がまんしてるんだなぁって生きてることが、つらくなる別に死を選びたいわけじゃないけど、生きていることが苦痛で仕方なくなるそんな感情でさえ、ちゃんと自覚したら案外、ホッとするというか、あぁ、少しは自分のこと大切にしなきゃなと思わせてくれる自分のこと大切にするのが苦手な人は、ホントは優しい人なんだと思うムリしすぎちゃうことも多いと思うけど、時々、自分の感情にも耳を傾けてください自戒の念を込めて笑
親との確執父母との会話が苦手だ価値観を押し付けられる感じ、命令というか、上から物を言われる感じ、こちらの意見や主張を、認めない、聴かない、受け入れない。いつも優先されるのは、親の都合、気分、やりたいこと。子供はそれに合わせるしかない。合わせられないなら、受け入れられないなら、出ていけ。もう、ながいこと、親に甘えるという感覚が分からない。幼少期からなのか、物心ついたときには、殺意を抱いていた。正直根が深い。
出逢う人最近特に思うこと。それは出会いの全てに意味があるということ。自分にとってイヤな人自分にとって心地いい人誰もが自分の成長につながる何かを教えてくれている。だから全ての出逢いに意味はある。極端な捉え方かもだけど、全ての出逢いから学べばいい。間違いなんて、一つもない。傷付いたことも、傷付けたことも、必要な学び。出逢うのも、離れるのも必然。人生塞翁が馬喜怒哀楽すべての感情が生きてることを教えてくれる
自分の本質に気づくこれって案外すごく大切だと思う何をだいじに思っているのか、価値観や倫理観みたいなもの単純に快か不快かを含めてのこと自分の機嫌は自分で取るもの他者が過剰にそこを求めてくるなら適切に対処しなくてはいけないリスペクトを欠いた態度には毅然として対処すべきだと思えるようになったこれまで自分はベクトルを自分に向け過ぎて相手を助長させてしまったり、我慢を続けてしまうところがあったそれは、結果的に相手にも自分にも良くないということに気づいた自分が求める最大幸福数に、ちゃんと自分の存在も含めないといけないと気づいた
捉え方次第【人生塞翁が馬】というように、出来事は後になってみないと、良い出来事か、悪い出来事か分からないと最近良く思う心臓に不具合が見つかったのも、1人で頑張り過ぎはいけない、ということを教えてくれたようにも思うし、昨日、トレーニングの際に転倒した時、肘が肋骨に強くあたって、結果ヒビが入ったことも、まぁ休めってことなんだろうなって、嫌なこと、辛いこと、そういう経験があるから、成長できるのも確かで、辛いこと、嫌なこと、避けて通る人生もあるけど、不器用でも本気で向き合って、少しずつ乗り越えて、少しずつでも夢や目標に近づけたら、それは良い人生になるんじゃないかとオレは大した人間じゃないけど、人の善意とか、良心とかを信じてるし、同じように人の悪意とか、性悪な人間がいることも知ってる、だからこそ、自分は良い人間であろうとすることを、あきらめたくないと思うなんて、かっこいい風に言ってみたけど、捉え方で少しでもポジティブにいたいだけなのかも笑
幸せとはつい先日、お客さまと幸福論みたいなお話をする機会があった。ドイツに1年ほど留学されていた方で、ドイツ人は、家族と過ごす時間、のんびり散歩(2〜3時間苦笑)する時間、と言っていたそうだ。日本人はなかなか家族との時間が1番幸せ、とは言わないよなぁってふと思った。私にとって幸せとは、私と関わった人が少しでも、幸せになってくれること、幸せと感じてもらえること。自分が頑張ることで、世の中がちょっとだけ良くなること。そんなふうに答えた。ありがたいことに仕事の依頼は沢山ある。1人でこなすには、もう限界がある。少しずつ同じような志を持った仲間を増やしていこうと思う。
心臓の状況9月に不整脈がみつかって、約2ヶ月が経過した。ピルシカイニドという心房細動を抑える薬を飲んでいる。昨日の心電図の検査の後、症状が改善されていないので、薬の量を増やしましょう、と言われた。確かに、心臓の痛みや苦しさは、最近前にもまして仕事が忙しいせいもあって、前よりも悪くなってきていた。早速、2錠ずつ飲むようにしてみたら、びっくりするほど、楽になった。薬ってすごいなぁと実感した。ただ、心房細動は手術しないと治らないらしい。手術かぁ。なんか怖いけど、体力のあるうちにした方がよいとことなので、がんばろー
本音をなかなか言えない最近そんな自分に気づいた幼少期から、そんなクセがついてるように思う物心ついたのは、4歳の頃家庭環境は父親が決めたルールが全てで、それに逆らうと、容赦なく家を出されたり、体罰を受けるのが当たり前の環境でいわゆるスパルタ教育ってやつだ父と母が仲良かったのは良いが、母は常に父の味方というか、所有物というか、体罰を与えられているのを母が知ってたのかどうかすらあやしい気がつけば甘えることを知らず知らずに、しなくなったというか、どう甘えたらいいか分からず妙に大人びた子供になっていった音楽(楽器の習い事)・9勉強(英語・数学・国語)それらのノルマをこなさなければご飯ももらえない、外に遊びに出ることも許されなかった気がつけば、小学校入学してからずっと3学年先の勉強をするのが当たり前になっていた小学校高学年で中学校の、中学生の時には高校の勉強をしていた周りはそれを羨ましいと言うが、4歳の頃から、ブラック企業に就職したみたいな状況なのに、どこが羨ましいのだろう、とよく思っていた最近、ラップスターを見て、ラップなら自分の本音を話せるんじゃないかと思うようになった誰に訊かせる訳じゃないけど、自分の本音をリリックにして書き溜めて行くのもいいのかも、なんて思った
新体制10月末で第3期が終わり、11月から新しいメンバーを迎え、事業も重点を少し変更しつつ、第4期がスタートした。もといた2番手3番手がフルリモートの外注という形でサブスクの契約社員のような勤務体制に。新しい2番手は塗装業のプロなので、そこを活かして売上を作っていける準備ができた。10月中は決算やら完工マストな現場が5件くらいあってバタバタだったけど、塗装の案件の集客や現調営業活動の強化と精度アップの準備に追われた。その甲斐あって、滑り出しは割と順調で。一方で、3番手は建築業界は未経験だけど、コミュニケーション能力は非常に高いので、職場環境に慣れるのはとても早かった笑知識を付けていけば、実質2番手と変わらない売上成果が見込めると思う。3期目は仕事の6〜7割を1人で頑張ってしまったので、外部委託の2人も含めて、少しずつ自分が現場から離れられるようにして行こう。心臓の不具合は、時々、心配になるくらいに状況がわるくなることも増えてきた。なんとか来年の春までには、体制を整えていきたい。ムリをしてしまうのはいつものことだけど、ちょっとは自分のことをいたわらなきゃだなぁ苦笑
過労死ライン今期はめちゃくちゃ忙しかったというか、会社の仕事を6割〜7割1人でこなしていた、ということが分かった労働基準法的には月80時間を半年続ける、480時間が過労死のラインだと社労士さんから聞いたあれ?俺、15〜16時間労働を1ヶ月休みなしでやってなかったっけ?そうすると俺、月に240時間の残業してる計算になるし、なんならそれをほぼ1年間続けてきた計算になるんだが!?経営者に労基は当てはまらないのだけど、従業員を休ませるためにこんなに働いてたとはいえこれでリアルに死んだらどうなんだろー…って思った必要に迫られて、働いてきたから誰のせいとかじゃないんだけど、今のメンバーだと会社組織にはなってないなぁってのは痛感しただから、ようやくちゃんと週5日ないし6回勤務をしてくれる、仲間と呼べる社員を育てる決心がついたがむしゃらにガンガンいくのも必要だけど、これからは、自分のいのちをだいじに、ってのもちょっとは考えないとな苦笑
心臓が悲鳴をあげている過労と過度のストレスの影響だろうか心電計で心房細動のおそれがあるとのことで病院へ行ったおそれではなく常時、心房細動であること血液検査の結果、肝臓もかなり状態が良くないとのこと、が分かった手術はカテーテルアブレーションとりあえずは薬で対処することにしたが、年内には手術をしようと思う色んな変化のタイミングなのだろう食事と酒を飲むことが唯一の楽しみだったのが、なくなるというか…私は極端な性格なので、ほどほどという選択肢がないだから、酒を断ち、食事は完全に栄養素を考えて最低限にすることにするその代わり、トレーニングに時間を割こうと思うもう一度、全力でサッカーが出来る身体にしようと思う業務はある程度、従業員のみんなに任せよう死ぬ気で色んなことやってきて今さら感があるけど、もう少し周りの人のためにも健康であることに意識を向けようと思う
今期を振り返って。創業から3年目、後1ヶ月で決算。2022年11月11日に会社を建てたので、決算は10月末。今期はホント大変だった。外構・エクステリアの会社で、当時の同僚、職人、お客さま、みんなの為に会社を起こした。以前の会社からの独立、経営の立て直しの使命を受けて、営業部長として入社した会社が、入社半年で数千万円の負債があって火の車だということがわかった。同僚や職人からの要望もあり、一念発起して起業した。従業員(職人)満足度🟰顧客満足度を理念として、性善説をベースとした経営をしてきて、職人と従業員の要望は可能な限り叶えてきた。でも、流石に自分を含めて4人の会社で、2番手3番手が、週4で2日しか出社しなくなったうえに、経理事務が4ヶ月病欠(結果としてはご懐妊)という状態。それが約半年続いた。死亡フラグが立つレベルの激務。日々15〜16時間労働、月に1日休めるかどうか。「経営者なら、それくらい当たり前でしょ」そんなことを、従業員に言われて。さすがに限界になった。メンバーを入れ替え、10月から新体制を迎えることにした。少数精鋭で、やってきたし、これまで頑張ってくれたメンバーにも感謝はしてる。ただ、リスペクトを欠いたり、業務命令というか、業務上の指示を無視することに何のペナルティもないと、ここまでセルフィッシュになれるのか、という状態はもう耐えられない。新体制は、ワクワクと少しの不安、そういった感情がゴチャ混ぜなかんじ笑関わる人たちを幸せにしたい、少しでも社会を良くしたい、その理念、信念は変わらない。その軸をぶらさずこれからもがむしゃらに頑張っていこうと思う。
自分のかたち最近、休みが取れなくてずっと働きっぱなしだった。2月から約3ヶ月間ほぼ休みなく働いてて笑朝7時か8時から動きはじめて、昼休憩が4時とか5時で笑少し休憩とかトレーニングとかを挟んで、また、午後の8時とか9時から11時か12時くらいまで事務仕事して。それをここ3ヶ月繰り返して来たから笑自分が積み重ねてきた行動を、振り返るとけっこう誇りに思えるというか、なかなか良くがんばったなと。経営って、3年と5年が一つのターニングポイントってよく聞くけど、まさにそうかも、と思う日々です笑誰かのためにいつも頑張ってる皆さん、本当にお疲れさまです!たまには自分のこと褒めて下さいね。誰かのために頑張れるってほんと素敵なこと!それは案外特別なこと。たまには自分のことめっちゃ褒めて下さいね。
久しぶりにアプリを開いた過去の投稿が、沢山の人にハートをつけてもらえてて、なんかちょっとだけ嬉しくなったその流れで、何となく流れてきた質問コメントに返信したら、とても喜んでくれた今日は何だか優しくて嬉しくて、ちょっとだけ幸せな気分になれたハート(いいね)をくれた方々ありがとう質問をして、やり取りをしてくれた方ありがとう何となくだけどみんながちょっとだけ幸せになるっていいなぁって思った
理不尽な経験この世は不条理で満ちているそう感じることは少なくないだからこそ、どう生きるのかどう在りたいのか自分の軸が試される誠実であろうとするのか卑怯であったり狡猾であったりするのか全ては自分の捉え方次第幸せかどうかは世界をどう捉えるか他人と過去は変えられない変えられるのは自分と未来どう在りたいかを軸に据えて今できることを真摯に愚直に積み重ねていこう
精神疾患鬱とか双極とかパーソナリティ症とか不思議とそういう人と関わることが少なくないADHDとかアスペルガーとかもそう生きづらさを抱えている人と関わることが少なくない多分、自分もHSPだったりADHD 気質だったりほんと生きづらさを抱えているのだと思うでも色々あったけどほんと、全部糧になってるしなんなら感謝すらしてる苦笑引き寄せなのかもしれないけど、きっと意味がある可能な限り関わった人を少しでも幸せにしたいなって思う
久しぶりにグラビティに戻って来ました。色々とシステムが変わって、日々誰かからの質問が来たりするようになってて驚きました笑以前繋がってた人もまだ、やってたりもういなくなってたり、半年ぶりくらいだけどそれなりに色々変わったんだなぁと思う今日この頃です。