
TOKIWA
2024.3.26〜
良い格好をしようとしすぎて、本当は好きなものを好きと言えなかったり、やりたいことをやれなかったり、見栄をはった嘘をついたりして生きてきました。
本当の自分を完全に見失ってしまったので、ここでは日々自分の感じたことなどを正直に綴っていきたいと思います。
音楽
おしゃべり
写真撮影

TOKIWA
こうやって過去を懐かしんだり、この頃はこんなこと考えてたんだって感傷に浸るのが好き。
グラビティ始めた頃は、今みたいに長々書いてなくて、
いいねがもらえなくても、コメントがなくても、全然気にしてなくて、
ただ好きなことを書いてる感じがした。
自分の投稿なのに、
「なんかいいな」って思った。
今は、
よく思われたいとか、
ちゃんとしたことを書かなきゃとか、
どこかで思ってるのかも。
初心に戻って何も気にせず好きなこと投稿しようって思うんだけど、
何を書けばいいのかがわからない。
人は変わるね。
というか、環境が人を変えるのかな。
誰かに読まれるようになって、
誰かの顔が浮かぶようになって、
気づいたら、変わってた。
でも、変わるのは自然なことで、無理に初心に戻ろうとしたら、それはそれで本来の俺じゃないのかも。
そんなことを考えて、また長々書いてしまった。

TOKIWA
その中でグループの人の印象を付箋に書いて、本人に渡す時間があった。
俺がもらった付箋には、
「勉強しなくても成績良さそう」
「学生時代、やんちゃしてそう」
「計算早そう」
「料理うまそう」
「運動神経良さそう」
みたいな言葉が並んでた。
いつもこういう印象を持たれるけど、現実は全く違う。
それで幻滅されるような経験を何度もしてきた。
高校のとき、実力テストの成績を見られて、
「えっ……原って、こんな感じなんだ」
みたいな空気が流れた。
中学のとき、
美術の時間に描いた絵を、誰かが指さして
「この下手な絵、誰のだよwww」
って笑いが起きた。
俺の名前が出て、
「え、TOKIWA? ふざけて描いたんだよね?」
と聞かれた場面、鮮明に覚えてる。
ふざけてない。超本気で描いた。
別に、得意なんて言ったことない。
できるアピールもした覚えはない。
それでも
「できそう」
っていう前提だけが勝手に置かれて、
できなかった瞬間に
「えっ…」
という反応が返ってくる。
期待を裏切ったわけじゃない。
勝手に抱かれた幻影が、壊れただけ。
正直、
この「できそう」という印象で、得をしたこともある。
最初から信頼されたり、
期待値が高い状態でスタートできたり。
でも、その代償として、
できなかったときの落差は、自分が引き受けることになる。
いつの間にか、
やってみたいことでも、幻滅されたくなくて手を出せなくなった。
幻滅されるくらいなら、
やらずに
「なんでもできそうな人」
のままでいたいって。
でも、幻滅されるのが怖くて何もしないのは、
自分の人生を差し出してるだけなのかもなー。
幻滅されてからがスタート。
それがホントの俺だよって自信持って言いたい。
そんな自分になりたい。
ってか、なろう。

TOKIWA
パン屋って素晴らしいわ


TOKIWA
毎回決まって
「ポテトとベーコンの黒ごまパン」ってのを買ってたんだけど、最近見かけない。
それで今朝、いつもそのパンが置いてあった棚を見たら
「キノコとハムの黒ごまパン(new)」
というパンが…
そういうことか…
そういうことかー!!
ショックすぎる。
俺はじゃがいもが大好きなんだよ!
きのこじゃないんだよ!!!
朝、あのパン買えば、昼ご飯楽しみに仕事頑張れたのに…
あんま人気なかったのかな…
好きだったものが、ある日ひっそり姿を消す。
たかがパン。
でも俺にとっては、
ちゃんと一日を回すための、
小さな部品みたいなものだったのかな。
いつか復活してほしいなー。

TOKIWA
最近、風呂沸かしてるとき、息子がずっと浴槽を眺めてる。
水位が少しずつ上がっていくのをじーっと。
疲れるからって途中で椅子まで持ってきて、後ろから写真撮っても気にせず見続ける。
その姿が妻に重なる。
妻も水族館とか、科学館のピタゴラ装置みたいなものとか、
飽きずに、じっと眺めてられる人。
息子は、俺にはあまり似てない。
顔も、性格も、キャラも、妻そっくり。
その「そっくり」を目にすると、
嬉しくて、かわいくて、なぜか涙が出そうになることがある。
なんでだろう。
自分が大切に思っている人の「好き」が、
ちゃんと次の世代に引き継がれてるって感じるのかな。
今息子寝てるけど、やっぱ寝顔が一番妻に似ててかわええ。
#親バカ


TOKIWA
駅のホームから階段降りてたら、反対の階段に後輩を見かけてしまった。
うわぁ……
これ、挨拶するやつ?
気づかないフリ、いける?
一瞬で頭の中が忙しくなる。
できれば、そのまま通過したい。
朝はまだ、人と関わる準備ができてない。
結局気づかないフリもできず、
後輩に声をかけた。
後ろに奥さんがいたから、ちょっと挨拶して、「じゃ!」って言って足早にその場を去った。
会社まで一緒にならなくて済んで、めちゃくちゃ安心してる俺って、
どうなんだろ…
こういうこと、ままある。
朝とか帰りとか、
知ってる人を見かけるたびに、
同じ葛藤が始まる。
行き先が同じで、一緒に歩く流れになったりすると、
無理して会話するのも疲れるし、
誰かと共有する沈黙は、もっと疲れる。
正直、心の中では
「めんどくさ」
「ここで離れるタイミング、完全に逃した」
って思ってるけど、結局、流れに身を任せて、
「はいはい、今日はこういうイベントね」
って自分のスイッチを入れる。
つくづく思う。
生きるの下手だなーって。

TOKIWA
やっぱ今聴いてもいいなー。
冷たい音色、抑えた旋律、
感情を煽らない反復。
10代のときに聴いてた曲って、やっぱ特別。
今聴くと少し遠くて、少し痛い。
あの頃の将来への不安とか、
狭い世界で感じてた息苦しさ、
見えない序列の中で息をひそめてた感じ、
暗い自分を少し賢いと思ってたあの痛々しい自意識まで、まとめて蘇ってくる。
#mum
#音楽
#エレクトロニカ
#ポストロック
#音楽をソッと置いておく人
We Have a Map of the Piano

TOKIWA
妻と息子と、誰が一番口で面白いおならの音出せるかで盛り上がってた。
ひどい。
TOKIWA家、家族3人、
今日も仲良く
平和だなー

TOKIWA
昼食後、妻とデニーズ行ったのが、めちゃくちゃ楽しかった。
ドリンクバー頼んで、ブラウニーひとつを分けて、
特に何か決めたわけでもなく、ずっと喋ってた。
……楽しかった、というより、
何だろう、満足感があった。
大きな出来事があったわけじゃないのに、
今もまだ、余韻に浸ってる。
ああ、良かったな、って。
何でだろう。
以前の俺なら、
せっかくの休みなんだから、
美味しいものを食べに行きたいとか、そんな事考えて、
こんな些細なことで、満たされることはなかった気がする。
正直、
「現実的な幸せしか見られなくなった」
「世界が狭くなった」
そんな感じがしなくもない。
内に内に向かって、
外の世界から少し距離を取ってるような感覚もある。
これでいいのかな、って思う瞬間もある。
でも、もしかしたら
「身近な世界が豊かになった」
そういう状態なのかもしれない。
外に何かを求めなくても、
もうちゃんと、温度のある場所がある。
そう思えるようになったとしたら、
それって、めちゃくちゃ良いことなんじゃないか。
木曜は日付が変わるまで仕事して、
無理してでも有休取って良かった。
これでまた、頑張れる気がする。
#夫婦


TOKIWA
こういうの、めちゃくちゃ寂しいって思っちゃう。
妻はあっさり処分できるのに。
音が鳴るだけで笑ってくれたやつ。
ひたすら口にくわえてハムハムしてたやつ。
世界一大事なものみたいに握りしめて離さなかったやつ…
あの頃は、今みたいに「これほしい」なんて意思表示も当然しないから、
何を喜ぶのか全然わからなくて。
音が出るやつがいいのかな、とか、
赤ちゃんはこういうの好きって書いてあったな、とか、
妻と相談しながら手探りで選んで。
それで息子が喜ぶと嬉しくて…
今となっては、そんな時間も愛おしい。
リサイクルショップに引き取られる瞬間、
「このおもちゃで遊んでた息子はもういないんだな」
って思うと寂しくなった。
おもちゃを処分するのは、
小さい頃の息子にも、
あの頃の毎日にも、
そっと区切りをつける感覚。
でも、
あの頃の息子は消えたわけじゃない。
今の息子の中に、全部、重なって存在してる。
あの泣き声も、
たどたどしい動きも、
夜中に何度も起きた記憶も、
全部が、今の息子をつくってる。
おもちゃは役目を終えただけ。
思い出まで捨てたわけじゃない。
胸が少し痛むのは、
ちゃんと大切にしてきた証拠なのかな。
今日も息子は、前に進んでる。
俺は、少しだけ立ち止まって、
その背中を見送る。
バイバイおもちゃ。
バイバイあの頃の息子。
バイバイあの頃の毎日。


TOKIWA
備品を借りたときに付属してた鍵で、鍵自体は使ってない。
使ってないのに、なぜか無くなってる。
さすが俺だな…
本当によく物を無くす。
そのたび、自分が嫌になる。
「またか…」
そう思った瞬間、
過去に同じように無くした場面が、頭に浮かんだ。
あのとき、めちゃくちゃ焦って泣きそうになりながら探してた。
なんであんなに焦ったんだろう。
たぶん一番怖かったのは、
「無くした」っていう事実そのものじゃない。
「TOKIWAはだらしない奴」
「物を無くした奴」
そう評価されることが、
何より嫌で、何より怖かった。
あのとき俺が探してたのは、無くした物より、自分の評価を探してた気がする。
昨日は、そういうのやめようって思えた。
「俺はだらしないし、物を無くす奴」
これは事実。
でも、ちゃんと謝って、責任を取ろう、やるべきことを考えよう。
そう思えた。
誤魔化すこともできた。
鍵は自分でも同じのを持ってたし、
黙ってやり過ごすこともできた。
でも、やらなかった。
「鍵を無くしたかもしれない。」
「今日1日探してみるけど、無かったら始末書でもなんでも書くし、弁償する」って伝えた。
その後、鍵は他の人が見つけて届けてくれた。
「正直でいたから、見つかった」
そう思うことにした。
俺は物を無くす人間。
無くさない努力や工夫はするけど、たぶん根本的には変わらない。
でも、
無くす自分を隠す人間にはならないようにしたいな。
いっちょ前にプライドだけは高い俺にできるかな…
きっとまた何かを無くすだろうけど、そのときは、自分まで一緒に無くさないようにしたい。

TOKIWA
しかも今回は、炎上要素が多すぎた。
制度設計が甘いのは分かってた。
細かい想定まで、全然しきれていない。
こういうときは、大抵炎上する。
でも、今のプロジェクトは、
「走りながら考える」で始まった。
勢いだけで突っ走ってきて、今、障壁にぶつかってる。
今回は、この障壁を越える"とりあえず"の方法だけを提案する
そんな内容だった。
こういう場合はどうするのか。
万が一こうなったらどうするのか。
そこまで全部考え出したら、
このプロジェクトは停滞する。
やってみなきゃ分からないこともある。
制度設計は手段であって、目的じゃない。
なのに俺自身、いつしか
「制度として穴がないこと」を守ることばっか考えて、制度設計を目的にしてた。
結論ありきで、そこに理由や制度を揃えて、辻褄を合わせる。
それもプロフェッショナルな仕事だと思う。むしろ俺はそういう仕事ばかりしてきた。
でもこのプロジェクトは違う。
辻褄合わせも、予定調和も、アリバイ作りもない。
どんな意見が出るか分からない。
だから何度も炎上してきた。
だからこそ、ここまで来れた。
だから昨日の会議では辻褄合わせよりも、正直であることを選んだ。
詰めきれていないところも、
まだ途中なところも、
失敗してきたことも、
全部さらけ出した。
資料の内容説明というより、溢れ出る思いをぶつけた感が強い。
結果、リーダーが上手くフォローしてくれたのもあって、めちゃくちゃ上手くまとまった。
最後は拍手までもらった。
辻褄を合わせることで守られてきた現場も、たくさんある。
でも、
自分がやってきたことを
胸を張って差し出せない仕事は、長くは続かないのかも。
不十分なら、不十分だと言えばいい。
投げ出すためじゃなく、
引き受けるために。
ちゃんと考えた。
ちゃんとやった。
それでも足りないなら、そこから直せばいい。
辻褄は、後から合わせられる。
でも、誇りだけは、後付けできない。
昨日の会議は、
少なくとも、
自分がやってきた仕事に
目を逸らさずにいられた。
ホント良かった。

TOKIWA
子どもの頃、家族で行った海外旅行。
泊まったホテルのプールに水球用のゴールがあって。
時間になると、どこからともなく人が集まってきて、
知らない人同士でチームを組んで、試合が始まる。
知らない国の、知らない大人や子どもと、
言葉も通じないまま、水の中で本気でボールを奪い合う。
めっちゃくちゃ楽しかった。
試合が終わったあと、
日本人の兄弟が「一緒に遊ぼう」って声をかけてきた。
それからは、毎日一緒だった。
プールでふざけて、泳いで、潜って、
意味のない話をして。
プールの外では、並んでジュースを飲んだ。
その間に、「毎日会う」が当たり前になってた。
ある日、観光で一日つぶれて、プールに行けなかった。
次の日、プールに行くと、彼らはいなかった。
その次の日も。
親に聞いたら、
「もう帰っちゃったのかもね」って、あっさり言われた。
胸の奥が、すっと冷えた。
名前も知らない。
どこに住んでるかも知らない。
連絡先なんて、もちろん知らない。
ただ、一緒に笑って、
「また明日」会えるのが当たり前と思ってただけ。
ちゃんとしたお別れができなかった。
会えなくなったことより、
ちゃんと区切れなかったことが、ずっと残ってる。
「楽しかった」
「ありがとう」
それだけ言えれば、よかったのかな。
向こうにとっては、
旅行先の一時的な遊び相手だったかもしれない。
友達だなんて、思ってなかったかもしれない。
ああいう別れ方だったから、
きれいな思い出になってるだけかもしれない。
それでも。
二度と会わない人たちなのに、
今でも心の中にちゃんといて、
ときどき、こうして思い出す。
それが、なぜか、嫌じゃない。
人は、
ちゃんと終われなかった大事な時間を、忘れないようにできてるのかな。
未練じゃない。
ただ、大事にしてたっていう、それだけの話。

TOKIWA
めっちゃ美味かったー。
「息子に作るついで」って言うけど、息子の分だけなら、あんなに早く起きる必要はない。
ありがてぇー。
味はもちろん美味しい。
でもたぶん、
早起きしてくれた時間とか、
眠い目こすりながら台所に立ってる姿とか、
そういう“行為の裏側”込みで美味いんだと思う。
俺は、鈍感で、気が利くタイプでもないし、察するのも苦手だけど、
こういうところはちゃんと感じ取れる人間でありたい。
弁当箱の中身だけじゃなくて、
その後ろにあるものを大事にできる人でいたい。
#夫婦


TOKIWA
あ、この家は魚だな、とか。
誰かピザ頼んだんだ、とか…
ドア一枚隔てた向こうで、
誰かが仕事から帰ってきてご飯を作って、
誰かは今日は楽するってデリバリーを頼んでて、
誰かは家族でわいわいしてて、
誰かは1人で…
キモいけど、においだけでそんな妄想をしてる。
顔も名前も知らない人たちの、
でも確かにそこにある生活。
それを感じるのが、たまらなく好き。
派手な出来事とか、特別なイベントじゃなくて、
こういう「なんでもない日常の断片」に、やたらと心が動く。
廊下を一人で歩いてるのに、
「あ、ここにこんなに人が生きてるんだな」って実感する瞬間。
世界がちゃんと動いてる感じがして、少しほっとする。
たぶん俺は、人とベタベタつながりたいわけじゃない。
でも、完全に切れていたいわけでもない。
干渉しないけど、切れてもいない距離。
におい越しに感じる他人の人生。
それが好き。
だからグラビティで、
みんなのちょっとした愚痴とか、
今日あったどうでもいい出来事とか、
寂しいとか、しんどいとか、
何も起きてない日の記録を、覗いてしまうのかな。
グラビティってインスタとかと比べると飾られてない、編集されてない、
その人の生活の匂いみたいなものが感じられる気がする。

TOKIWA
昨日までの三連休、弟と飲んで、息子と公園で遊んで、家族でマック行って、髪を切って…
改めて並べてみると派手なことは何もしてない。
でも、何が要因かはわからないけど、自分の中にすごい充実感と幸福感があった。
俺にとっては、コレくらいで十分なのかな。
何が要因かわからず不安になることはよくあるけど、逆のパターンもあるんだな。
だからなのか昨日は、今日からの仕事が超憂鬱だった。
仕事だって、始まっちゃえばそんな憂鬱なことないのに。
切り替えが下手すぎる。
俺にとってサザエさん症候群って、仕事が嫌というより、今の時間に浸かって切り替えができない状態なのかな。


TOKIWA
俺にとっては、ちょっとした事件。
普段から喋らない弟。
実家ではすぐ部屋にこもるし、話そうとすると父に会話を持っていかれる。
正直、二人で飲んで盛り上がる未来は1mmも想像できなかった。
でも、いざ飲み始めると、意外と盛り上がった。
親や親戚の話、昔の家族旅行の話、地元の話。
兄弟って、ちゃんと共通のフォルダがたくさんある。
それと同時に、
俺は、今まで弟のこと全然知らなかったんだなって思った。
カードゲームにハマってて、友達としょっちゅう集まってるとか、
高校時代の友達と今でも飲みに行ってるとか、
旅行の計画を立ててるとか。
俺には、そんな友達はいない。
昔は、
俺は要領よく人間関係を無難にやるタイプで、
弟は人間関係に悩んできたタイプだと思ってた。
親にも「お前は心配ないけど、弟は心配だ」って言われてきた。
でも、昨日わかった。
俺は、表層的な関係ばかり築いてきた。
空気を読んで、気を使って、耳ざわりのいいことを言って、
周りに合わせて、
本当に自分が何が好きで、何をしたいのかも、よくわからなくなってた。
だから今でも繋がってる友達がいないんだな、と腑に落ちた。
一方で弟は、
数は少なくても、オタクの趣味とかカードゲームとか、
ちゃんと「自分の世界」を共有できる友達がいる。
今でも繋がってる友達がいる。
なんだよ、ちゃんと持ってるじゃん。
よかったなぁ、って思った。
昨日は、兄として弟が心配で飲みに行ったつもりだったけど、全然違った。
「心配な弟」じゃなくて、「一人の気の合う男」と飲みに行った。
同じ目線で、対等に笑ってた。
それが、めちゃくちゃ楽しかった。
弟との再会と、
表層的な自分との再会。
そして、
飲みに行ける友達がいない俺にとっての、
ちょっと救われた夜。
これから定期的に飲みに行くことになったけど、また早く飲みに行きたいなー。
#兄弟

TOKIWA
なぜか緊張してきた

TOKIWA
参考書を開く。
3行読んだところで、もう何も覚えてない。
正確に言うと「読んだ」という事実だけは覚えてる。
内容は、きれいさっぱり消えてる。
「一通り読めば理解できる」
とか言うけど、あれ何?
“読む”と“理解する”の間に、
俺だけ知らない工程が挟まってる?
俺の場合は、
読む → ??? → 何も残らない
この「???」の部分で、たぶん全部こぼれ落ちてる。
全然理解できないから、ChatGPTに
「これ、小学生でもわかるように説明して」
ってプロンプト入れると、少し意味がわかる。
記憶力も壊滅的で、
ちゃんと机に座って、紙に何度も書いて覚える。
だいたいすぐ忘れて、また書く。
これを普通の人の何倍も繰り返して、やっと覚える。
読むだけで頭に入る人を見ると、
尊敬とかを通り越して、もはや別の生き物に見える。
同じ人類なのに、搭載されてるOSが違う。
理解も遅いし、飲み込みも悪いし、要領も悪い。
世の中は“普通にできる人”基準で回ってる。
だから、毎日ちょっとずつ
「自分は頭悪い側の人間です」って思い知らされる。
でも、頭悪いなりに、
自分のペースでがんばってる自分は
嫌いじゃないって最近思えるようになった。
#勉強 #頭悪いなりにがんばる

TOKIWA
妻が友達と外食で、初めて夜に息子と2人きりだった。
外でご飯を食べて、少し遊んで、絵本を読んで、
やっていること自体は、普段の休日と変わらない。
それなのに昨日は、
いつもより息子がかわいく感じたというか…
よく分からないけど、幸せで、愛おしくて、
すごくかけがえのない時間を過ごしてる感じがした。
妻がいても、息子のかわいさはかわらない。
妻と息子と3人でいる時間が一番幸せなのはわかってるのに、なんでだろう。
ママが初めて夜にいなくて、息子と2人きりっていう非日常感と、
その時間を息子がちゃんと楽しんでくれてるっていう事実が、
いつもより強く胸にきたのかな。
「パパとご飯楽しみー」とか
「今日は最高だった」って息子が言ってて、
ママいないのに?って聞いたら
「ママいたらもっと嬉しい」って言う。
「ママ、今日お友達とご飯楽しみって言ってた」
「お友達と写真撮ってくればいいのに」
とか言ってて、
ママがいなくて嫌だとか、我慢してる感じじゃなくて、
ちゃんとママの時間を大事にしてる。
パパとの時間を楽しみながら、
ママのことも大事にしてる。
その両方が、存在しているのが嬉しかった。
数年前、
ママがトイレに行くだけで、
うわぁーんって涙を流して悲しそうに泣いていた頃のことを思い出した。
帰ってきた妻と、そのときの動画を何度も見返してしまった。
あの頃の必死な泣き顔も、
今の落ち着いた優しさも、
どちらも同じ子なのに、ずいぶん遠くまで来た気がする。
妻もやっと初めて夜に外に出られて、
リフレッシュできたみたい。
家族がそれぞれ別の場所で、
それぞれ機嫌よく過ごした夜。
説明はうまくできないけど、なんか…満足!

TOKIWA
うちの会社では、こういう緊急対応はわりとよくある。
「来られる人は対応してください」という形になって、
結局、動く人はいつも同じになる。
俺も、その一人。
今回も出先から向かった。
そんな中で、グループLINEで来た連絡に反応が無かった後輩に対して、リーダーが
「どこにいる?対応できる?」
とメンションしたら、その後輩は、
「千葉の実家です!」
とだけ返した。
リーダーは
「了解、じゃあ今回は待機で」
って判断した。
判断としては正しい。
来ないことが悪いわけでもない。
……でも、正直、イラッとした。
「向かってます」でもなく、
「行けません」でもなく、
判断を全部、上に委ねる立ち方。
30を過ぎた中堅で、
物理的に来られない距離でもない。
実際、もっと遠くから来た人もいる。
なんで俺ばっかり…
真面目な人が損をする…
そんな考えが、勝手に浮かぶ。
頭ではわかってる。
俺の仕事に対する価値観を人に押し付けるべきじゃないって。
たぶんこの怒りは、
あの後輩そのものじゃなくて、
基準を他人に置いてしまっている自分から来てる。
変えられない人を基準にすると、
自分だけが消耗する。
だから、戻そうとしてる。
基準を、他人じゃなく自分に。
俺はどうありたいか。
誰かが行かなきゃいけない場面で、
目をそらさずに動ける人でいたい。
今回も行った。
役には立った。
それは事実。
それでも、
モヤモヤは消えないし、
また比べて、またイラつくと思う。
でもそのたびに、
「自分はどうしたいか」
に戻れたらいい。
完全に割り切れる日は、たぶん来ない。
それでも、
他人と比べて怒るより、
自分で選んだ行動に納得したい。

TOKIWA
その話をするとき、
すごい申し訳なさそうに
「行ってもいい…?」
って聞いてきた。
…申し訳なく思う必要なんて、これっぽっちもないのに。
妻は、息子が生まれてから、
一度も夜に息子を俺に任せて出かけたことがない。
俺が良いよって言っても、夜は絶対に出かけない。行くにしても昼だけ。
責任感の強い妻は、
“母親” を休むことを自分に許さずにきた。
だから、妻が友達と飲みに行くって聞いて、俺としてもすごい嬉しかった。
昨日は幼稚園のママ友と楽しそうに雑談LINEをしてた。
妻は
「ママ友は友達じゃない」
「つかず離れずでいい」
ってよく言う。
距離を取っておかないと、傷つくのが怖い、深入りしないことでバランスを保ってる感じ。
それでも実際には、
その関係が妻を確かに支えてくれてる。
育児の悩みを共有できる人がいるだけで、全然違う。
いつの間にか、
メンタルの安定のために通ってた市役所の子育て相談にも行かなくなってた。
外の世界と繋がるたびに、
妻の表情は少しずつ明るくなってる。
だからママ友も、昔からの友達も大切にしてほしい。
何も気にしないで、出かけてほしい。
母である前に、妻である前に、
ひとりの大切な人なんだから。
#夫婦

TOKIWA
自分の中でのターニングポイントになり得る
“出来事”がいくつも重なった一年だった。
子どもは、恐竜とゴジュウジャーに激ハマりして、
それまで大好きだったアンパンマンには、ほとんど見向きもしなくなった。
言葉でのコミュニケーションがしっかり成立するようになったし、
一人でできることが、驚くほど増えた。
アンパンマンを好きだった頃の息子にはもう会えないと思うと少し寂しいけど、
気づけば、急に世話が楽になった感覚がある。
育児は、生まれてから少しずつ、少しずつ楽になってきたけど、
5歳になったこの一年は、
はっきりと「節目」だった気がする。
仕事を振り返ると、
写真フォルダには、毎月のように
イベントや調査、実験の記録が残っていて、
「よくやったな」と、素直に思える。
一方で、主担当だったプロジェクトは、
俺の手を離れて、関係者の輪の中へ広がっていった。
自分ができることは、
少しずつ小さくなっていくような感覚もあった。
そんな中、同期が何人か辞めていって、
「今の自分のままでいいのかな?」
そんな疑問が、前より強くなった。
今の会社に縛られて、
外の世界を知らないまま歳を重ねる人間には、なりたくない。
育児が楽になってきたこともあって、
資格の勉強を始めたり、
ジョギングをしたり、
ほんの少しだけど、自分の時間を持てる余裕も出てきた。
こうして振り返ると、
ターニングポイントになり得る“出来事”は、確かにいくつもあった。
でも、
それをただの出来事で終わらせるのか、
「あの年が転機だった」と、あとから言えるようになるのかは、
これからの俺の行動次第なんだと思う。
だから、今年の目標はひとつ。
仕事と家庭"だけ"の人間には、ならないこと。
とはいえ、
家庭も仕事も疎かにはしたくないから、無理はしない。
ゆっくりでいい。
資格の勉強でもいいし、
新しい趣味でもいいし、
いろんな人と話すことでもいい。
どれかひとつでいいから、
未来につながる種を、ひとつ蒔く。
それが、今年の目標かな。
#今年の抱負

TOKIWA
ココでの投稿は、
「誰かのため」ではなく、
「自分のため」に書くってことを意識してる。
リアルでは出せない自分も、正直に言葉にして思考の整理をする。
それがたまたま誰かに届いて、
共感してもらえたり、コメントをもらえたりするのが
すごく嬉しい。ありがたい。
でも、年に1回くらいは
“誰かに向けて”投稿してみてもいいのかな、と思って
この投稿を書いてる。
気づけばグラビティを始めて2年目。
毎日のように、自己満の日記みたいな投稿をしてるけど、こんなにSNSが続いたのは初めて。
それは、「自己満」と言いつつ、見てくれる人、反応してくれる人がいるから。
去年もココで新しい友達がたくさんできた。
ネットとはいえ、30過ぎて、新しい友だちができるなんて思ってなかったな。
リアルではなかなか見られない世界とか、自分では気づけなかった価値観を
ここで何度も見せてもらった。
なんてことない日常も、愚痴も、そこら辺の風景も…
その人の生き様が垣間見えて、もう、グラ友さんへの親近感が半端ない。
役割とか立場、評価——
そんなラベルの奥にある
「自分」をそのまま受け入れてくれる人たち。
ここで出会えたグラ友さんの投稿、コメントに
救われたり、笑わせてもらったり、励まされたり。
その積み重ねに、しっかり感謝を伝えたい。
去年は本当にありがとうございました。
ちょっと距離感おかしい私ですが、良かったら今年もよろしくお願いします🙇
今年一発目の投稿はグラ友さんに向けて書いてみた。
自分自身の振り返りと抱負はまた別で書く。

TOKIWA
やっぱ大晦日って何かいいなー。
初めて息子と紅白観てるんだけど、
演奏終わるたびにテレビに向かって拍手したり、
ミッキー出てきたら大喜びして手振ったり、
天童よしみに「何この人ー!」とか言ってて
クソ可愛い。
#大晦日


TOKIWA
久しぶりに弟にも会えるはずだったけど、
高校時代の友達と飲みに行くとかで、会えなかった。
友達の少ない弟が友達と過ごすと聞いて安心したけど、
親から聞いた弟の話は、心配になることばかりだった。
激務でメンタルを崩し、元の部署に戻ったものの、まだ回復できてない。
彼女いない暦=年齢。婚活もうまくいかない。
このまま働けるのか、転職できる自信もない。将来に不安ばかりが増えていて、カウンセリングにも通っている、と。
いつも生きづらさと隣り合わせだった弟は、
人生を変えようと必死に努力してきた。
イジメから抜け出すために中学受験。
高校では東大だけを見て走り続け、
惜しくも届かなかったけど、最高峰の大学へ。
努力が導いた、弟にピッタリの職種。
ピッタリの会社。
なのに、そこでつまずいてる。
人と話すのが苦手。
ストレスに弱い。
空気を読むのが難しい。
生まれ持った性質が、努力を追い越してしまう。そういうことがどうしようもなくある。
報われるはずだった場所で、報われない。
望んで手に入れた場所なのに、苦しい。
その姿を想像するだけで、胸が痛む。
変われる希望と、変われない現実。
人はきっと、そのどちらも抱えて生きてる。
弟の苦しみは、弟にしか分からない。
俺には何もできないのかな…
そんなことを考えながら、何となく弟を飲みに誘った。
2人で飲むなんて初めて。
口下手な2人での飲み。
沈黙が続いてもいい。
気まずくなってもいい。
笑えなくてもいい。
とりあえず久しぶりに顔が見たい。

TOKIWA
体調が全快ではないなか、慣れない家事をしながら、息子はずっと俺に甘えてきて、
手が止まるし、邪魔されるし、イラッとする瞬間もある。
でも、息子だって、妻と俺が体調悪いから遊びに行くの我慢して、
ママがいない不安もある。
「邪魔すんな」と思う自分とは別のもう一人の自分が、
「可愛そうだから多めにみてあげるべき」って言ってくる感覚。
それで我慢する。
でも、昨日息子を風呂に入れてるとき、少し声を荒げてしまった。
「あのさぁ!!」
そう言った瞬間、
息子の表情が一気に不安で曇った。
普段怒らない俺が声を大きくしたからだと思う。
「やべっ」と思って、すぐに抑え直して、
安心させるように振る舞った。
その時、ふと思った。
俺は、我慢して我慢して、
滅多にないけど爆発してしまう時がある。
小出しにしてれば大したことじゃない感情が、
溜まりすぎて形を変えてしまう。
人からよく「優しい」と言われる。
でも本当は違う。
俺は、怒りだってちゃんとあるし、
言っちゃいけない言葉も浮かぶ。
でも、もう一人の自分が
「やめとけ」って止めてる。
それで保たれてる優しさ。
自然に寛容でいられる人こそ、
本当の意味で優しい人だよな。
相手の気持ちに寄り添える人間でありたい。
でも、一気に溢れそうになる怒りも持ってる。
どっちも俺。
だからこそ
相手の気持ちと同じくらい、
自分の心も大事にしていかないといけないのかな。
なんかよく分からないこと言ってるな。
難しい…

TOKIWA
魚喃キリコの漫画、めちゃくちゃ好きだったけど、それを周りには言えなかった。
俺の周りで、魚喃キリコを読んでる男は一人もいなかったから。
そんな漫画が好きな、女々しい自分が嫌で。
子供の頃、みんなが読んでたワンピースとかナルトがあまり好きになれなかった。
理由を友達に聞かれて、
「人間離れした能力とか、現実では起こり得ないような漫画は苦手」
と言ったら、
「それ、漫画の意味ないじゃん」
と笑われたのをよく覚えてる。
そんな中で出会ったのが魚喃キリコの漫画。
全部、中古で買って後追いだったけど。
彼女の漫画には、人間離れした能力を持った人は出てこないし、
大きな事件が起きるわけでもない。
痛々しいくらいにリアル。
出てくる人たちは、俺の世界とそう遠くないところにいるのに、
俺とは決して重ならない場所で生きてる。
スクールカーストで言えば、
いつも一段上のグループにいるような人たち。
タバコを吸う仕草すら絵になる、
ライブハウスで夜を使い切ることを知ってる、
恋愛も曖昧なまま軽やかにこなしてしまう。
未来なんて決まってなくて、でも自由に見える若い男女たち。
そんな「手の届かない光」。
だけど、そんなイケてる人たちも苦悩してる。
かっこつけても、迷ってる。
強そうに見えても、泣きたがってる。
イケてるくせに、不器用。
届かない憧れの人たちも、
俺と同じ弱さを抱えてて、
その矛盾ごと、魅力だった。
あなたの漫画が好きな自分を、
もう恥ずかしいと思わないようにします。
あなたの線が描いた世界に憧れた日も、
ページ越しにこっそり羨んだ青春も、
全部が、今の俺の一部です。
どうか安らかに。
あなたが描いてくれた“手の届かない光”は、
俺の中でずっと輝き続けます。
ありがとう。
#魚喃キリコ


TOKIWA
数年前までいた部署では、この時期地獄みたいに忙しくて、
仕事納めの日も遅くまで仕事して、
正月も仕事して、
休みの日も仕事が気になって…
あっけなく仕事を終えられる今が本当に嬉しい。
明日から9連休、嬉しすぎる。
正月って「めでたい」方が主役だけど、
その裏側に独特の静けさがある気がする。
人がいなくて、寒くて、空気が澄んでて、
時間がゆっくり流れるあの感じ。
俺は、正月のそっちの側面が好き。
その空気を味わうの、楽しみだなー。
今年もなんとかここまで来れた。
良かった。

TOKIWA
表参道のイルミネーションは、ただきれいってだけじゃなくて
自分の気持ちまで照らしてくるって思った。
華やかで、夢を叶えた人だけが歩く道みたいに見える。
同時に
この光は “届かなかったもの” を思い出させてもくる。
学生の頃、イルミネーションなんて見ても
「どうせ俺には一緒に見る相手なんていない」
そうやって、ひとりに慣れたフリをしてた。
自分はいつも光の外側にいる気がしてた。
実家にいた頃、背伸びしてよく買い物とか髪を切りに来たりしてて、この辺に住むことに憧れたりもした。
でも、今俺が生きてるのは、あの頃よりずっとここから遠い場所。
憧れた未来からは少し離れたけど、
今、この場所を一緒に歩く妻と息子がいる。
昔の自分には想像もできなかった景色を、いつの間にか生きてる。
クリスマスは色んな人の思いがある日。
願いが叶った人もいれば、まだ叶っていない人もいる。
心が温かい人も、ちょっとさみしい人もいる。
その全部が夜に滲んで、光がきれいに見える。
そんなことを思いながら、
インフルの妻の看病と、
息子へのプレゼントで延々と遊ばされるクリスマス。
#クリスマス
#Mogwai

Christmas Steps

TOKIWA
おえらいさんを招いての会議に始まり、ランチミーティング、
夜は取引先との会議と接待。
全部、主担当の仕事で、今年最後の山場だった。
そんな大事な日に、朝から体調不良。
ロキソニンでごまかしながら一日を回して、
正直、夜はかなりキツかったけど、なんとか最後まで乗り切った。
今日は、昨日から体調を気にしてくれていた上司に
「帰っていい」と言われて、
午後イチのアポまで済ませて早退。
「今日は帰って、しっかり寝て、明日に備えよう」
そう思って妻に帰りの電話をした。
正直、すごいダルくて、
もし妻が元気だったら
「きついー」って弱音吐いて、甘えてたと思う。
でも、妻も風邪でダウンしたと聞いた瞬間、
シャキッとしたというか…
不思議と体は動いた。
子供のご飯も風呂も寝かしつけも。
何ならこうしてグラビティやる余裕まで出てきた。
アドレナリンなのか、
ロキソニンが効いてるだけなのか。
キツいと思えばキツい。
でも「やらなきゃ」と思えば、いけてしまう。
俺、普段は甘えてるんだな、って思った。
キツくても頑張れるのは、何でだろう。
他人の目や評価ばかり気にしちゃう俺だから、上司や同僚、妻によく思われたいって気持ちが強いのかな。
でも最近思う。人の目より自分。
自分で自分を褒められる方が健全。
だから、今日はあえてそれをココに書いておく。
昨日今日の俺、がんばった!
よくやった!
全然完璧じゃないし、
キラキラしてないけど、
何とか生き延びたクリスマスイブだった。

TOKIWA
妻が以前、話の流れで俺がサッカー経験者だって話したらしい。
フットサルやりたい。
でも、迷う。
中学のとき、サッカーのクラブチームを辞めた。
理由は、周りに馴染めなかったから。
社会人になってから入った会社のサッカー部も、
プレー中の「ナイッシュー」とか、
終わったあとの何気ない雑談とか、飲み会とか。
みんなが当たり前にやっていることが、俺にはできなかった。
何を話せばいいかわからない。
タイミングもわからない。
気づけば、
「ちゃんとできない自分」だけを、
ずっと意識してた。
それで結局、そこも辞めた。
だから俺は、
フットサルが怖いんじゃない。
人が集まる場所で、
また“できない側の人間”になるのが怖い。
下手で浮くかもしれない。
輪に入れず、また惨めな気持ちになるかもしれない。
「経験者って聞いてたのに」と思われるかもしれない。
そうやって、
起きてもいない未来を先に想像して、
勝手に自分を下げてしまう。
これだけ過去の経験があって、
また同じ惨めさを味わうリスクがあるのは、
自分が一番よくわかっているはずなのに。
それでも迷うのは、
フットサルをしたい気持ちが強いからってだけじゃない。
息子の親友の家族と仲良くなりたい。
そんな気持ちがある。
人付き合い下手なのに、人が好き。
群れられるほど器用じゃないけど、
1人でいられるほど強くもない。
そんな人間が俺。
群れでも孤独でもなく、人と緩やかに繋がること。
それが欲しくて、
それが怖くて、
今立ち止まってるのかも。
#人見知り

TOKIWA
息子が喜ぶってことで行ったけど、俺が妻に「ウキウキしすぎ」って指摘された。
ビュッフェ大好き。




TOKIWA
息子は劇の主役で、最後までしっかりやり切ってて、親として胸がいっぱいになった。
やっぱり、自分の子どもの頑張る姿を見るのは、何より嬉しい。
でも、今日心を揺さぶられたのは、それだけじゃなかった。
息子の友達のRくん。
今年はクラスが違うから、息子は劇、Rくんはダンス。
去年のお遊戯会。
Rくんは、周りの子と少し違う動きをしていて、目立ってた。
終わったあと、お母さんが
「うちの子、今日も一人で変な動きしてたわ」
って笑って話していたのを、今でも覚えてる。
でも、その笑顔の裏に、どれだけの不安や迷い、眠れない夜があったんだろうって、勝手に想像してしまった。
うちの息子も、言葉が出るのが周りの子よりずっと遅くて、
「大丈夫かな」「この子はこのままなのかな」って、胸がざわざわしてた。
誰かと比べたくなくても、
周りはどんどん先に進んでいるように見えて、
置いていかれる気がしてしまう。
今日Rくんが、最後まで完璧に踊ってて、成長を感じたし、何より楽しんでる姿を見られて嬉しかった。
ダンスの曲の最後、
「違っていても、それもいいね」
っていう歌詞に合わせてRくんが、まっすぐ前を向いてポーズを決めた瞬間、
胸がぎゅっとなって、泣きそうになった。
「うわ、ココでこの歌詞はあかん!」
油断したら泣いてた。
成長って、早いとか遅いとかじゃなくて、
その子なりの時間で、ちゃんと積み重なっていくもんなんだな、と改めて思った。
子どもの成長に「大丈夫かな?」って不安になるのは、"親あるある"だと思うけど、
成長のしかたや早さは違っても、大人が思っているよりずっと、子どもはちゃんと前に進んでいるものなのかな。
他の息子のお友達の姿も、本当にみんな愛おしくて、
気づいたら、全員分の親みたいな気持ちになってた。
息子の活躍だけじゃなく、
たくさんの成長に立ち会えた、忘れられないお遊戯会。
忙しい中で有休取ったけど、
心から「取ってよかった」と思える一日だった。

TOKIWA
でも、目の前の作業を愚直にひとつずつ片付けて、ふとToDoを見返して消していったら――
気づいたら、ほぼ全部終わってた。
あれ、終わってる。
俺は仕事遅いし、要領も悪くて、だいたい何か積み残す。
おまけに超ビビリだから、いつも、終わらない未来を先に想像して、勝手に怖くなる。
そんな俺にも、こんな日があるんだな。
明日は有休。
こんな気持ちよく休みを迎えられたのはいつぶりだろう。
最近は、休みの日も積み残しにビビってた。
今日はいつもより疲れてる。
でも、この疲れが心地いい。
疲れた分だけ、ちゃんと頑張った気がするから。
今日は、自分で自分を褒めたいし、感謝したい。
俺、サンキュー!

TOKIWA
毎日朝と夜に少しずつ勉強しようと思ってたのに、今朝は、目は覚めてたのに、気持ちと身体が重くて起き上がれなかった。
3日目にして、もうサボってしまった。
いつもそう。
何かしら理由をつけてサボって、
自己嫌悪に陥って続かない。
だから、今回は、無理なく、サボっちゃう日があっても良いってスタンスでやってみる。
専門知識も資格も豊富な同僚たち、
色んな業界で活躍するかつての友達、
高学歴な親族…
そんな中で自分だけが何者でもないっていう劣等感があって、
彼らに追いつきたい。
今からでも、ちゃんとチャレンジしたい。
そんな気持ちで始めたけど、
何も犠牲にしないで辿り着ける場所なんてあるのか。 俺は何を掴みたいのか。
「無理なく続ける」なんて、甘い言葉なんじゃないか。
そう思うこともあるけど、
いきなり見返すとか、大きなことじゃなくていいのかも。
まずは、
「俺でも続けられる」
って自信が必要なのかも。
無理なく続けられる形を探す。
自己嫌悪に陥ってる場合じゃない。
勉強しよ。

TOKIWA
簡単なミスして他の上司に嫌味言われるわ、
仕事めちゃくちゃ溜まってるわ…
普段なら結構キツいけど、今週末、息子のお遊戯会と、家族での外出があると思うと、全然余裕。
週末の楽しみって、ホント大事だなー。

TOKIWA
職場の飲み会が楽しくなるなんて、入社したばかりの頃は考えられなかった。
あの頃の飲み会は、仕事よりも仕事だった。
席順、空いたグラス、料理の減り具合。
気が利かないなりに、必死で周りを見てた。
自分が楽しむなんて発想は1ミリもなくて、
上司や先輩の話を聞いて、どう気持ちよくさせるか、それだけだった。
今、飲み会が楽しいと思えるようになったのは、俺が気を使われる立場になったからなのかな。
普段は、あまり自分の話をしないキャラを演じてる。
聞き役で、空気を読む人、みたいな顔をしている。
でも本当は、自分の話をするのが好きで自己顕示欲が強い人間なんだろうな。
そんな自分が、あまり好きじゃなかったりもする。
だからふと、
今この場で気持ちよくなっているのが自分で、
後輩たちが昔の俺みたいな場所に立っていたら嫌だな、と思った。
気づけば、注文を取ったり、酒を持ってきたり、
一人ひとりにビールを注ぎながら、話を聴いたりして…
俺にできることはそんなことくらいしかないけど、みんなが飲み会楽しかったと思えたら良いな。

TOKIWA
司法試験に受かったらしい。
彼は、年に一度は飲みに行く数少ない同期で、
「また同期辞めちゃったな」
「でも俺らはここで頑張ろう」
そんな話を何度もしてきた戦友だった。
社長からも2人セットみたいに扱われて特命の仕事を2人で何度もやった。
だから、その報告を聞いた瞬間、頭では「すごいな」「おめでとう」と思いながら、
心の中では、いろんな感情が一気に押し寄せてきた。
祝福したい気持ち。
一緒に苦労した仲間がいなくなる寂しさ。
同期が次々と次のステージに進んでいく中で、
自分だけ取り残されているような感覚。
等しくキツい仕事をして、同じ時間を過ごしてたと思ってたけど、彼はその裏で人生を賭けた勝負をしてたのか…
気持ちが整理できないまま、その後の仕事が手につかなかった。
これまでにも、同期が辞めていく場面は何度もあった。
そのたびに「俺はこのままでいいのかな」と思いはしたけど、
正直、そこまで真剣に向き合ってはいなかったのかも。
今思えば、それは彼がいたから。
同じ場所に踏みとどまって、
「俺らはここで頑張ろう」と言い合える存在がいることで、
自分の迷いに、どこか蓋をしてた。
彼が辞めると聞いて、
初めて、その蓋が外れた気がした。
その場では、
「マジおめでとう!お別れ会、自分で企画してよw」
とか言ってふざけてたけど…
寂しいよ…
俺も前に進もう。やるぞ。

TOKIWA
最近そんなことをよく思う。
心の中だけで考えていると、ぐちゃぐちゃになる感情を文字にすると、一歩外から自分を眺められるから?
それを公開して、誰かに見られるかもしれない”っていう前提があると、言葉にする姿勢が少し丁寧になる気もする。
その分だけ、考えも整理される。
続けるうちに、グラ友さんとの関わりも大きくなってきた。
やり取りがあって、そこに温度があって、ただの独り言じゃなくなってきた部分もある。
たぶん、小さな孤独を和らげたいという気持ちもあるんだと思う。
人と話すほどではないし、本音で話せる相手もなかなかいない。
でも完全にひとりでいるのは、どこか少し寂しい。
その微妙な隙間を埋めてくれるのが、ここでの独り言なのかも。
別に共感してほしいとか、いいねがたくさん欲しいわけでもない。
でも、俺の言葉がたまたま誰かに届いて、「わかるよ」なんて思ってもらえたら、それはやっぱり嬉しい。
そのくらいの温度感で続けてる。
色んな理由があるのかもしれないけど、自分でもよく分からない。
無駄なことなのかもしれない。
無駄でも、理由がなくても続けてることがあっても良いような気もしてる。

TOKIWA
この会議の準備で残業してるとき、リーダーには何度も言われた。
「大丈夫、何とかなる。」
「そんなに準備しなくていい。ミスがあれば上の責任だから、もう帰れ」
って。
実際、何とかはなった。
でも、
「何とかなる」って、誰かの我慢や時間、
そして自分自身の心の摩耗の上に成り立つこともあるんだなって思った。
何とかするために守りたいものは、人それぞれ違う。
俺が守りたいものって何なんだろう。
人からの評価とか、信頼とか、自分のプライドとか…
そんなものは、突き詰めれば自分の勝手で、他人から見れば小さなこだわりかもしれない。
組織で働く以上、手放さなきゃいけないものもあるだろうけど、
これだけは譲れないってものが俺にもあるのかな。
何かひとつでも、そういうものを守れたら、
それが自分らしく働くってことになるのかな。

TOKIWA
今日は俺が家を出るまで息子が起きなかったから、そんなそっくりな2人の寝顔を見てから家を出た。
メンタルやられ気味だったけど、癒された。

TOKIWA
天気は申し分なく、人が集まって笑い、思い思いに空間を使っていて――
設計時に描いていた光景がそのまま目の前に広がっていた。
挨拶して回るたびに、
「TOKIWAさんがここまで積み上げたんだよね、感無量でしょ?」
そんな言葉を何度もかけられた。
「いや、私の力じゃないんです」と返しても、
「またまた、謙遜して」と笑われる。
でも本当に、謙遜じゃない。ただの事実。
俺はプレゼンや説明、広報みたいに“表に出る”部分を担っているだけで、
その中身を考え、積み上げてきたのは他の仲間たち。
俺はいいとこ取りしてるだけ。
社長が喜んでるのを見て、リーダーは少し泣いていた。
裏方に徹して、いつも俺を立たせてくれるリーダー。
その隣で、驚くほど心が動かない自分がいた。
たぶん、それは後ろめたさのせい。
俺ばかり褒められるたび、
その陰で仲間の頑張りが視界からこぼれ落ちていく気がして、胸が少し痛む。
だからせめて俺だけは、誰の力も見落としたくない。
光の当たる場所に立つ役目をもらっているならなおさら、
その光の源にある仲間たちを、ちゃんと抱えていたいし、伝えていきたい。
今日は、その思いが静かに胸に残った日だった。

TOKIWA
ここに通う理由も、もうなくなる。
帰りに、意味もなく病院近くのスーパーに立ち寄った。
たぶん、今日が最初で最後。
ふと、このスーパーを将来思い出すことってあるのかなと思った。
旅行先で寒さに震えて急いで入った服屋とか、
引っ越し先の物件を探している途中で子どもを遊ばせた公園とか──
そういうメインじゃない場所ほど、
不意に記憶の底から浮かんできて、
そのときの自分の感情とか、なんでもない空気ごと蘇ってきて、
少し切なくなる。
でも、それがすごく心地いい。
主役じゃない時間にこんなに心を奪われるのは、
きっと俺自身も“脇役”みたいに生きてきたから。
昔は、脇役って負け組だと思ってた。
でも違うんだな。
物語の奥行きとか余韻をつくるのは、
いつだって“脇役”のほうなのかもしれない。
うまくいかない日も多いし、不器用だし、
目立つ場所にも立てないままだけど、
それでも脇役なりに一生懸命生きてる。
今はそんな自分を、ちょっと好きになれた気がする。
#自分らしく生きる

TOKIWA
どこで食べるかネットで色々調べて、めっちゃ楽しみにしてた。
でも、妻がちょっと風邪気味だったから外食は断念。
代わりに、妻のリクエストでケンタッキーをテイクアウト。
ポットパイ…何これ美味すぎ…
夕方からは抜糸で病院へ。
不謹慎かもしれないけど、大きくて綺麗な病院の雰囲気って何か好き。
それに、何があるってわけでもないけど、普段行かない街に来ると、何だかちょっとワクワクする。
こんな有休も悪くない。


TOKIWA
何から手をつければいいか迷ったり、
いざ始めても別の仕事が気になって落ち着かず、効率が悪すぎた。
優先順位をつけて、スケジュールを組んで進める―
本当はそういうやり方が一番なんだけど、今はそれができてない。
ゴールが見えてればそこから逆算して優先順位つけて、スケジュール管理して、頑張る気になる。
でも、今はそのゴールが霞んでて、どこに向かってるのかさえ分からないまま走ってる感じ。
それで今日は、色々考えるのをやめて、目の前のことだけにひたすら集中した。
おかげで、昨日より全然捗ったし、何より目の前のタスクをこなせたっていう達成感がある。
本当は目の前のことだけじゃなくて、全体を見て今やらなきゃいけないことだってある。
でも、そんなものにまで目を向けて、かっちり管理してたらメンタルがやられそうだった。
こういうときって、“目の前のことを着実にこなす”ことでしか立て直せないのかも。
まずは、立て直さなきゃ。

TOKIWA
眠かったり、頭痛かったり、身体がだるかったりして、ユンケルとかロキソニンで、だましだまし仕事をやりきった感じだった。
昨日と今日は、本当は出かけるつもりだったんだけど、朝になってみたら、体がまったくついてこなかった。
妻に甘えて、この土日はしっかり休ませてもらった。
休むって決めて休むのって、なんだかんだで勇気がいる。
この土日、何もやらなかった
って事実に焦る。
でも、「休むと決められた」という一点だけは、ちゃんと自分のためになったのかな。
来週は、土曜も日曜も仕事。
水曜は有休とって、手術した鼠径部の抜糸。
この日は妻と2人でランチしよう。
仕事も抜糸も嫌だけど、それを補って余りあるくらい妻とのランチが楽しみ。
明日から頑張ろ!

TOKIWA
若手が「RADWIMPSって前前前世で売れた人ですよね」って言ってて、
それにリーダーともう一人の後輩が
「いやいや、音楽好きの間ではもっと前から有名だよ」と驚いてた。
ずとまよがどうとか、米津がどうとか、YOASOBIがどうとか、
そんな会話が続いたあと、ハナレグミの話になった。
後輩が「ハナレグミって知らないんです」って言ったのに対して、
リーダーが「俺、それ飛ばすわ」と笑った。
その瞬間、すごい嫌な気分になった。
なんでだろう。
たぶん、心のどこかでまだ音楽に序列をつけてるからなんだと思う。
自分が好きじゃないという理由だけで、RADWIMPSや最近の音楽を、どこかで「浅い」と下に見てた。
その一方で、ハナレグミを“良い音楽”として上に置いてた。
だから、その小さな“自分の基準”があっさり踏まれたみたいで、余計に刺さったんだと思う。
若い頃は思ってた。
“自分の方が良い音楽を知ってる”
“流行は浅い”
みたいな歪んだ優越感みたいなものを。
そんな自分がめちゃくちゃ嫌いだった。
そんな偏った見方は手放したつもりだったし、
他人の好みを否定しない自分になれたと思ってた。
でも今日のほんの小さなやり取りで、
自分の中にまだそんな影が残ってることを静かに突きつけられた気がした。
表には出ない小さくて弱い偏りだけど、自分で気づくと、胸の奥がざわつく。
昨日の居たたまれなさは、
リーダーや後輩の無邪気な会話に向けたものじゃなくて、
結局は自分の中にまだ残ってた、
あの頃の自分に向けたものなのかな。
家族の風景

TOKIWA
仕事で疲れてる中、パシりみたいな任務が課されたのに、元気出ちゃうのは、俺がドMだから?
ふたりとも、かわええ。
#夫婦 #家族

