
共学者
粋に生きる。
積み上げと研磨。
好きなタイプは美輪明宏。
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大気が凍てつくからこそ、星はより瞬く。
夜が寂しいからこそ、星がより美しく見えるのだろうか。
by 僕のポエミーな友人


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目に見えるもの、理解できるものしか存在しないと思い込む。そういうイデオロギーが包容力のない社会を作り上げているような気がして止まない。
例えば「結婚するなら年収一千万以上で、身長180以上で、国公立以上の人じゃないと無理」と言う人がいる。ただ、この理想が現実のものとなる確率は雷に打たれるよりも低い。
こういう人に対して世間は冷たい。「確率と感情を切り分けて考えられないバカ」とラベリングされてしまう。確かに、結婚相談所やマチアプでは“常識”になっている事を理解していないというのは、その観点から考えた時の相対的“バカ”であろう。また、現実を受け止めた上で必死に頑張っている人からすれば、そのような非常識さが疎ましく思えるというのも理解できる。
ではなぜ“常識がない”人が存在しているのだろうか、本当に常識を全く理解していないのだろうか?
中には「将来はプリキュアになる!」のような、子供の頃であれば微笑ましさとして評価されていたであろう未熟さをそのまま持ち続けてきた人もいるだろう。しかし、ほとんどのケースにおいて彼らは頭の片隅では“常識”を理解しているのではないだろうか。そこには「常識を受け入れられるかどうか」という心の器の問題がある。
「私は愛されるべき人間だ」「結婚相手で周りの人から馬鹿にされたくない」
このようなアイデンティティの防壁が心の器の余裕を無くして、結果的に現実から逃避させる。
この防壁というのは、過去に酷い捨てられ方をした時や、幼少期に無条件の愛情を十分に注がれなかった時にできた心の瘡蓋である。現実を受け入れられないことの責任の全てが、彼らの選択・自由意志にあるとは言えないのではなかろうか。
但し、まだまだ世の中はこうした個人の事情など構ってくれない。世の中から見てどう見えるか、という視点が判断の全てである。資本主義社会の宿命として、社会全体が効率を追求するため、このような態度は致し方無いものでもある。
社会の受け皿が圧倒的に不足している現状、効率の追求に限界が見え始めている今こそ、“近代”を考え直すべきタイミングかもしれない。


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この先一冊しか読んではいけないと言われたら、『歎異抄』。

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― Leonardo da Vinci

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いつまでも旬であってほしい。


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