shoota
日々読書や
メモとしても使用
料理が好きです。
問いかけてるのは、いつも自分。
でも、読んだあなたの中にも、
なにかがひっかかるかもしれない。
答えはそれぞれでいい。
ことばは、気づきの入り口。
読み手がそれぞれの答えに辿り着く。
それでいいじゃない。
料理
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あとはピザとケーキ作る!

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誰かの機嫌を背負って
空気を読みすぎて
自分の心を削る仕事は
評価も昇給も、ほとんど返ってこない。
やさしさは武器になる。
でも、使い捨てにされる場所で振る必要はない。
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娘同行。
今日は
大阪にて、
夢をカゴに入れてきます!!
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投資信託はオート運転
NISAは高速代が無料になる道路
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人が動くわけじゃない。
大事なのは、
「間違ってる」と言うことじゃなくて、
「何が起きたか」を一緒に見ること。
伝える側は、
言葉で人を倒さない責任がある。
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誘惑に負けたんだ。

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好きなことして噂されよ。
どうせ見られるなら、
楽しんでる姿を見せつけよ。
人生は、
気にしたもん負け。
周りの目より、
自分の声。
やりたいなら、やる。
それでいい。
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苦しくなっていない?
どうにもならない出来事は、
理由探しをしても答えは出ない。
あなたにできることは、
あの時の自分を許すこと。
その一歩から、
次の景色が開いていく。
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どうにもならないことがある。
理由をつけようとして、
自分を責めても苦しくなるだけ。
あのとき、
あなたにできることはなかった。
それだけは、
ちゃんと信じていい。
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間違えたんじゃなくて、
“あのときの自分ができる最大”を選んだだけ。
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これとコーヒーだけでいい夜がある。
なにかを見るでもなく、同じものを「おいしいね」って分け合うだけで、
ふたりの時間って、ちゃんと満たされるんだと思う。

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一度の選択じゃなくて、何度も重ねる決意みたいなもの。
完璧じゃない毎日でも、
この人と歩きたいと思える瞬間がちゃんとある。
恋が始まりじゃなくて、
“続けたい”が始まりになる。
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“相手に期待してない部分”の広さで安定する。
期待の少なさは、優しさでもある。
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“見捨てられたくない自分”に振り回されてるだけ。
一番怖いのは、他人じゃなくて自分の依存だ。
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すぐ飲める一杯に救われる日もある。
どっちを選んでも、
あなたはちゃんと頑張ってる。
たまには、楽していいんだよ。

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チャーハンとかにも使えそうだ。

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みんなで誕生日会。

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あなたの人生は安くない。
時間を渡し続けるのはもう終わり。
奪われる側じゃなくて、選ぶ側に戻っていい。
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自分の選んだ過去に、
もう一度裏切られるのが怖いのかもしれない。
信じられないのは相手じゃなくて、
見抜けなかったあの日の自分かもしれない。
「もう間違えたくない」と思った瞬間から、
世界は急に疑わしくなる。
目の前の人を疑ってるんじゃなくて、
あの傷がいまも会話に割り込んでくる。
疑っているのは人じゃなく、
過去だったりする。
今はただ、
人を信じることよりも前に、
あの日の自分をゆるす必要があるのかもしれない。
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娘のリクエストでくまさんケーキ。

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喜ぶ人もいれば、うつむく人もいる。
雨は雨でしかないのに、
心が意味をつけてしまう。
事実はひとつ。
解釈はいくつもある。
すれ違いも衝突も、
たいていは“解釈”のほうで起きている。
返事が短かった。
それは「事実」。
冷たいに違いない、と思うのは「解釈」。
この線引きができるだけで、心の重さは変わる。
人はそれぞれ、
自分の痛みや過去から意味づけをしてしまう。
だからこそ、
「どこまでが事実か?」を一度切り分けるだけで、
見えてくる景色は穏やかになる。
結論が苦しくなるときは、
事実より解釈のほうが膨らんでいるサイン。
事実に戻る。
それだけで整う日もある。
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落ちる場所はいつも“心の底”。
誰かに向けて発したつもりでも、
いちばん先に動くのは自分の内側だったりする。
だから言葉は、選ぶんじゃなくて、
“整えてから渡す”ものなのかもしれない。
強くすることもできるし、
優しくすることもできる。
救うことも、傷つけることもできる。
その選択のすべてが、
自分という人間をゆっくり形づくっていく。
言葉は未来を変える。
だから、ていねいに扱いたい。
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本当は一番そっとしておいてほしい時がある。
明るさは軽さじゃない。
むしろ、深い痛みの上に立っている強さだったりする。
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“裏”には静かな排除がひそんでいる。
みんなと同じでいることが安心に見えても、
その安心は、
自分らしさを削って得る一時的なもの。
合わせた方が楽。
違うと言うと面倒。
わかっていても苦しくなるのは、
自分を選べていない自分に気づいてしまうから。
空気に合わせるために、
あなたの心まで差し出す必要はない。
守るために離れるのも、
黙って自分を貫くのも、
どちらも“正解”。
同じにならなくていい。
違っていることが、あなたを守ることもある。
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コミュニケーションって、
話してる量じゃなくて、
“お互いの理解がそろったかどうか”。
業務連絡は、ただの情報の受け渡し。
だからこそ、「伝えた」で終わらせないことが、関係をつくる。
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心が壊れたんじゃなくて、
いままで無理してでもつないでいた未来が
そっと手から落ちただけ。
終わるって痛い。
でも、終わらない方がもっと痛かったことに
あとで静かに気づく。
期待していた日々も、
描いていた未来も、
全部いったん手放すから苦しいんだ。
でもね、
未来が書き換わるということは、
もう一度描き直していいということ。
愛されなかったんじゃない。
あなたが“そこでは幸せになれなかった”だけ。
ちゃんと痛んでいい。
そしていつか、
新しいページにそっと手を伸ばせばいい。
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生き方の“副作用”みたいなものだと思う。
明るさは、涙の代わりに選んだ仮面。
優しさは、愛を失わないための処世術。
一人を選ぶのは、もうこれ以上傷つきたくなかっただけ。
誰も、自分の性格を好きで選んでいない。
必要だったから、身につけただけだ。
だから、誰かの性格を否定することは
その人の“これまで全部”を否定することになる。
どうか忘れないで。
あなたの性格もまた、
よくここまで生きてきた証拠。
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信用までは預けなくていい。
やさしさと甘さを
同じ箱に入れてしまうと、
いざというときに心がすり減る。
「この人なら大丈夫だ」と思える気持ちは大切。
でも、行動の部分まで期待しすぎると、
裏切られた気分になるだけで、
相手のせいじゃないことまで抱えてしまう。
人柄は信じていい。
ただ、行動は“確認”していい。
それは冷たさじゃなくて、
自分を守る健全な距離感。
すべてを預けなくていい。
その一歩手前で、
あなたの心は守られる。
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その先まで想像してみる。
途中で離すなら、
最初から距離を置くほうが
お互いにやさしいこともある。
中途半端なやさしさは、
ただの自己満足になりやすい。
そして、
気づくべき答えは、
いつだって相手の中にある。
見守るという選択が、
その気づきを邪魔しない。
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あなたが弱いからじゃなくて、
今の器があなたには小さくなっただけ。
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強さより先にあるのは、
“続けられる環境を作る工夫”だ。
意思の力だけに頼るほど、人は長く走れない。
だからこそ、
“小さな習慣” と “自分を許す仕組み” を持つ人の方が、
結果的に大きな成果を積み上げていく。
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みんな不安を抱えて、
悩みながら毎日に向き合ってる。
強そうに見える人も、
笑ってる人も、
迷ってないように見える人でさえ、
静かに抱えているものがある。
ただ
“見せ方”や“抱え方”が違うだけ。
表に出すか、心の奥にしまうかの違い。
不安があるのは当たり前。
悩むのは、生きている証拠。
その揺れを、弱さと決めつけなくていい。
むしろ不安があるからこそ、
慎重になれたり、
やさしくなれたり、
誰かを思いやれる自分でいられる。
みんな揺れながら歩いてる。
だから、あなたも揺れていい。
一人じゃない。
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そんなこと、普通に起きる。
だって“長所”と“短所”は、
裏と表でつながっているから。
惹かれたものほど、
距離が近くなると負担に変わることがある。
優しさは優柔不断に、
行動力は自己中心に、
よく笑う人はうるさく見えるように。
でもそれは、
相手が変わったんじゃなくて、
自分の見える角度が変わっただけ。
好きだった部分を嫌いになる自分も、責めなくていい。
それだけ近づいた証拠だから。
離れるのも、向き合うのも、
“どの距離で関わるか”を選び直せばいいだけ。
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だからこそ
視点を変えて、変換していけ。
浮かんだ感情を否定しなくていい。
どんな気持ちも、まずは湧くままに任せていい。
でも、その“最初の形”がすべてじゃない。
感情は固定じゃない。
視点を変えれば、意味も重さもいくらでも変わる。
同じ出来事でも、
立つ位置が少し変わるだけで、
「苦しみ」が「気づき」に変わることだってある。
おもうのは自由。
だからこそ、自分で選べる。
どんな角度から見るかを。
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心が揺れているときほど、
その判断が“正しい”ように見えてしまう。
でも、本当に正しい答えは、
平常心のときにしか見えない。
大きな決断をするときは、
いったん寝かせていい。
感情が落ち着いたあと、
それでも同じ選択をしたいと思えたなら、
そのときが“やるとき”。
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自分を尽くしてくれる人を
好きになるんじゃない。
自分が尽くした相手を
好きになってしまう生き物。
時間をかけたことに、
意味があってほしいから。
だからこそ
「誰に尽くすか」を間違えると、
心ごと持っていかれる。
やさしさは、
投資じゃなくて“贈り物”でありたい。
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でも、見つける手助けはできる。
相手の話を聞き、問いを渡す。
そうすれば、その人の中に眠っている答えは
自分の足で必ず見つけにいく。
人は“気づいた瞬間”に、静かに変わりはじめる。
