過去の栄光に縋るなとと言っている人間は、本気で何かを頑張ったことのない人間なのではないかと思う。俺はずっと、失敗も成功も清濁合わせ飲んで輝いて来た。今も俺の人生は輝いてる。今の俺が、ずっと輝いて来た自分の存在証明です。
日本が良い方向に向かっている本当の立役者はイーロン・マスクなんだよ。Twitterを買収してXにして俺たちが自由に発言するプラットフォームを守ってくれた。日本のアイデンティティを守ってくれた彼に感謝すべきなんだ。
僕は言葉で目の前の世界を変え、世界全体を震わせる。雫は水面に触れた瞬間、まるでシュレディンガー方程式で記述されるような波動となって、時間 t を経て変遷していく。そして気づけば、また新たな雫が落ち、世界に新しい波紋が広がっていく。
この世界は承認で出来ているのに、表面的な承認を得ようとする人間が多すぎると思う。もっと根本的な自分の人生に全体的に根ざした輝きを見せて、真の承認を人から得ていこうよ。損得関係で結びついた人間の儀式的な承認なんて要らないんだよ。
間違った教育システムの中で、間違ったことを学んで、道徳のない、自分勝手な、無気力なロボットが出来上がる。思考せず、ただ命令を待つだけの機械。今日本に必要なのは「優秀な労働者」なんかじゃない。「心を持った『人間』」さ。
今回の自民党総裁選でお分かりかと思いますが、日本は戦後80年間「本当の意味」では独立していません。つまり、アメリカの意思無くして、日本の独立は成し得ない。ということになります。しかし、アメリカで今起こっている革新は、国々がその国自身で生き、お互いの国を尊重し合っていこうとする変化そのもの。今こそ、日本の本来の価値を取り戻そうではありませんか。見せかけの愛、見せかけの善、見せかけの真実。これらにはもう飽き飽きしています。
勝負の世界で生きていくと、敗者は勝者に虐げられ、勝者はより強い勝者に押し潰され、より強い勝者は絶えず起こる競争の中で、落ち着かない日々が続く。果たしてこんな社会で誰が幸せになれるだろうか?勝者は敗者に対する軽蔑を育て、敗者は勝者に対する嫉妬を深める。僕は中高での熾烈な競争の中で常に「人と戦いたくない」と思っていた。違和感を感じていたのだ。
テレビ(特にニュース)はこの投稿を見た方はもう見ないで欲しいです。理由はいくらでも探せば見つかります。思考誘導がされています。嘘八百が公然と真実のように話されています。今では、人と話した時、この人がテレビを見ているかどうかさえ分かるようになりました。彼らは偏向報道をします。公平を保つべきアナウンサーが、公共の電波で候補者を貶めています。もし周りにテレビを見ている大人がいたら、なんとかして説得してあげてください。
Moral Envy(道徳的嫉妬)という言葉がある。相手の道徳性や善に対して嫉妬し、それを否定・攻撃したくなる心理のことだ。この心理の底には、劣等感、自己否定、承認欲求、羨望が見える。皆さんはいついかなる時も「羨まれる側」であっていただきたい。
賢い人は物事を考える時、どんなに考えても完全には解けないことを知っているから行動しない。しかし、天才はあえて目的のために、信念という「馬鹿化」を用いる。本当の天才とは、馬鹿と天才を使い分けられる人間のことを言う。
芸術は好きだが、絵を描くのは好きじゃない。人の心を傷つけて膿を出させるのが芸術。絵描きは描いた瞬間に人の評価がついてくる。上手い下手とか誰が決めてるんだ。小学校の頃から人に自分の作った作品を見せるのが嫌いで、歩いて人の作品に評価をつける時間がたまらなく嫌いでした。
人間なのだから、感情を表現していこうよ。まるでくしゃみやあくびを止めるかのような感情の抑圧を社会に感じます。言葉に感情を乗せるのと、実際の人間空間で感情を表出するのとでは雲泥の差がある。zoomで初めて会った人に最初直接会った時別人かのように思うというのと同じです。
Le cœur a ses raisons que la raison ne connaît point.(心には理屈では説明できない理由がある。)恋愛や信仰、芸術など、理性だけでは把握できない「人間らしさ」がある。パスカルのパンセより
もちろん現代は正しいものも数多くある。しかし、楽だからという理由のみで選ばれた思想や教育に、未来はありません。あえてめんどくさいことをやりたいし、めんどくさいことを考えたい。その方が自分の成長に繋がる。そう思いませんか?