
きゃろっと・らぺ
世界の隅っこを、つついて歩く。
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サークル「書房:プレシオス」の中の人。
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多分実話ではない。
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#読書好きさんと繋がりたい
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紅焼牛肉面:
中国国内人気No.1(らしい)。揚げネギの香ばしい風味の醤油味。日本人も好きそう。
泡椒牛肉面:
発酵唐辛子の入った、ピリ辛あっさり味。個人的には好き。
香辣牛肉面:
香菜(パクチー)の入った辛めの牛肉麺。いかにも中華風なスパイス使いで、好き嫌いが分かれそう。
#インスタント麺
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#酒池肉林2026






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本は『新釈漢文大系 礼記 中巻』。
#読書
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#夕食記録
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ありとあらゆる物語たちがお互いに戦った。
しかし聖書にある概念がやはり強い。黙示録の4騎士がほぼ最強だった。
他の物語たちは対立する概念をぶつけて対消滅を図るが、それは消滅せず、「常にある生成と破滅」という全てを無意味に帰す存在を生んでしまった。
世界は意味を失い、消滅した。
唯一の勝者は、「完璧」という名の概念(女性の外見)だった。

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#おなかすいた!
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#カニ玉


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子馬の尻尾はそうじゃない!ふわふわコッペパンなんだよ!!
#子馬

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饕餮紋は誰の顔か:殷代青銅器における犠牲獣と神霊の交点
1. はじめに:定説への疑問
古代中国、殷(商)時代の青銅器を象徴する「饕餮紋」は、古くから『左伝』や『呂氏春秋』などの後代の文献に基づき、万物を貪り食う凶悪な怪物として解釈されてきた。そこでは「貪欲を戒める象徴」という道徳的な意味付けがなされるのが通例である。
しかし、その造形をつぶさに観察すると、この「猛獣」「怪物」という解釈にそぐわない点が浮かび上がる。
本稿では、饕餮紋の形態的特徴を再検証し、当時の祭祀における家畜の役割と照らし合わせることで、その正体が「怪物」ではなく「犠牲獣の姿を借りて現れる祖霊」であった可能性を考察したい。
2. 造形的特徴の再検証:草食獣としての饕餮
まず、饕餮紋の眼と角の形態に着目したい。
• 眼の表現: 多くの饕餮紋において、瞳孔は横に細長い形状で表されている。これは虎や豹のような捕食獣の縦長の瞳孔ではなく、羊や牛などの草食獣に近い。
• 角の形態: 饕餮紋に付与される角は、内側に巻く「羊角」や、大きく湾曲する「水牛角」を模したものが大半を占める。
殷代の青銅器には写実的な羊頭装飾が施された器も多く存在するが、それらと饕餮紋の意匠には明らかな連続性が認められる。一方で、この文様が時代を経てより猛獣的な形態へと進化する例はほとんど見られない。このことから意図的に草食性の犠牲獣の特徴が選択されていると考える方が自然である。
3. 祭祀の変遷と「わかりやすさ」の追求
殷代後期、家畜飼育技術の向上に伴い、祭祀における供犠の規模は飛躍的に拡大した。一度の儀式で数百頭の牛や羊が捧げられることも珍しくなく、祭祀は国家的な一大イベントへと変貌していった。
この規模の拡大は、儀式を「視覚的にわかりやすく」する必要性を生んだのではないか。神や祖先へ捧げられる羊や牛は、単なる肉資源ではなく、超越的存在と人間界を繋ぐ「霊的な存在」であった。青銅器に刻まれた紋様は、まさに今、目の前で捧げられている犠牲獣の顔を借りて、神霊がそこに「現前」していることを示す記号として機能したのである。
4. 良渚文化からの変容:神人から犠牲獣へ
饕餮紋のルーツは新石器時代の良渚文化における「神人獣面紋」に求められる。しかし、シャーマニズム的色彩の強かった良渚文化の紋様は、殷代の祭祀国家体制へ組み込まれる過程で、その意味と内容を大きく変容させただろう。
殷代の饕餮紋は、祖先崇拝と供犠を中核とする社会からの要請に基づき、「捧げ物を受け取る主客」としての性格を強めていった。良渚の神格が、殷代に至って羊や牛の特徴を取り込むことで、より具体的かつ祭祀の実践に即した「食を介する神霊」へと変化したと解釈できる。
5. イメージの力:現前する神霊
文字は支配階級が占術に使う道具であった当時、イメージが人々の認識に与える影響は現代の比ではなかった。当時の人々にとって、青銅器に鋳込まれた紋様は「何かを象徴する記号」ではなく、そのもの自体が呪術的な力を宿した「神霊そのもの」であったはずである。
青銅器という重厚な器の表面で、大きく見開かれた眼と、捧げ物を受け取ろうとする巨大な口。その造形に触れ、見ること自体が呪術的であり、神霊との対話であり、祭祀の実践であっただろう。
6. おわりに:貪る口から、受容する口へ
以上の考察から、饕餮紋の本質は「恐るべき怪物」ではなく、「犠牲獣の姿を借りて現れた祖霊」の顔であったと私は結論付けたい。
後代に語られる「貪欲な怪物」という解釈は、祭祀の実感や文脈を失ったゆえの誤解、あるいは読み替えに過ぎない。饕餮紋が持つ巨大な口は、決して万物を食い尽くすための凶器ではなく、捧げられた酒や肉を、人間界と霊界の境界である祭祀の場において、静かに受け取るための口であったのではないだろうか。
#古代中国

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1. 問題意識
易姓革命は一般に「徳を失った王朝が天命を失い、新たな徳ある王朝に交代したこと」と説明される。しかしこの理解は、周王朝側の政治的・倫理的正当化の物語に強く依存している。
本試論では、易姓革命を単なる王朝交代の道徳説話ではなく、「王権の性質」そのものが変質した文明史的転換として捉え直す。
2. 殷王朝の王権…「神意によって選ばれる王」
殷(商)王朝の王は、同一王族内ではあるが、必ずしも父子世襲ではなく、兄弟継承・傍系継承が見られ、何よりも甲骨占いによって神意を問う存在であった。
王は単なる政治的支配者ではなく、祖先神や上帝と交信し、神意を現世に伝える最高の巫=司祭王であったと考えられる。
ここでは王位とは、血統+神の許可によって「選ばれる」ものであり、王権の正当性は人の制度ではなく、神意そのものに根拠を持っていた。
3. 紂王の位置…「神意を求め続けた最後の王」
後世で紂王は、贅沢や暴虐、女色に溺れた暗君として描かれてきたが、殷墟から出土した甲骨文など20世紀以降の資料からは、生贄儀礼の整理・縮小、政治・軍事への関与、占いの継続をはかるなど、暴君とは言えない姿が浮かび上がっている。
むしろ紂王は、富と権力が貨幣流通などにより急激に集中し、「神意による王の選出」という体制が維持できなくなった時代においても、なお神意に王権の根拠を求め続けた最後の王であった可能性がある。
4. 周王朝の王権…「秩序として固定される王」
これに対し周王朝は、父子世襲を原則とする王統、宗法による一族秩序、封建制による支配構造、礼による社会規範を整備し、王権を制度として固定化した。
ここで持ち出されるのが「天命」思想であるが、それはもはや殷のように直接占って問われる神意ではなく、勝った者が天命を得たと「事後的に」解釈される神意である。
神はもはや政治の現場で語る存在ではなく、秩序を正当化する理念的保証人へと後退した。
5. 易姓革命の本質…「王権の根拠の転換」
このとき起きた易姓革命とは、王朝が交代したこと以上に、『王とは何者か、王権は何に支えられるのか』が根本から変わった革命であったと考えられる。
殷:
・神意によって選ばれる王
・王=巫であり司祭
・神は政治の現場にいる
・人の秩序 < 神意
周:
・血統と制度によって継承される王
・王=秩序の頂点としての君主
・神は理念として天に退く
・神意 < 人の秩序
すなわち易姓革命とは、神権的王権から秩序的・制度的王権への転換であり、神と共にある政治の終焉と、人間の秩序による政治の始まりを意味する文明史的断絶であった。
6. 結論 …「神の時代」から「人の時代」へ
易姓革命とは、悪王が倒された物語ではなく、王朝が徳で選ばれたという倫理説話でもなく、神が「隣にいた世界」から、神が「遠くに置かれる世界」への移行そのものであった。
紂王はその断絶点に立ち、神意の時代の最後の王として敗れ、周公旦は人の秩序の時代の設計者として歴史に刻まれた。
これが易姓革命の真の意味ではないだろうか。
#古代中国
#易姓革命

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紅白なます、黒豆、松前漬、だし巻き、高野豆腐と椎茸の含め煮を作って、かまぼこ切るくらいだけど。

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殷(商)代の食文化をたどると、酒池肉林のような大饗宴は単なる贅沢ではなく、季節と生産のリズムに深く結びついた行事であった可能性が見えてくる。
まずは主食である。
殷前期の主食は粟(あわ)中心であった。しかし殷末期になると、黍(きび)・大豆・小麦(地域によっては米)の比率が高まっていくことが、植物考古学の研究から知られている。これらの穀物は酒造りに適した作物であり、祭祀や王の饗宴に用いられる高級な穀物であったと考えられる。(庶民の日常食は、依然として粟が中心であったであろう。)
殷代の酒に含まれるアルコールの割合が徐々に上昇したことは、現在仮説として知られている。これは米から醸造された低アルコールの醴を使った儀礼や饗宴が廃れ、よりアルコール度数の高い酒が飲まれるようになったためと考えられている。
度数の高い酒は秋、穀物を収穫した後に仕込まれ、発酵と熟成を経て冬に飲み頃を迎える。冬は農閑期で人が集まりやすく、気温が低いため食材も傷みにくい。火を囲み、保存食で酒席を開くには、まさにうってつけの季節である。
次に、肉である。
古代農耕社会では秋の収穫期が終わると家畜を屠殺し、塩漬け・乾燥・燻製などの方法で加工し、保存食を大量に仕込むのが一般的であった。越冬の飼料に限りがある以上、秋は収穫と仕込みの季節である。
殷代の重要な調味・保存食品であった醢(ししびしお)は、仕込んでから食べ頃になるまで百日、すなわち三か月ほどを要する。秋に仕込めば、ちょうど冬の盛りに完成する計算だ。
そして、伝統である。
中国古代には、年末から冬至にかけて行われた「臘」「大蜡」といった歳終の大祭と饗宴の伝統があり、周代以降の礼制にもその名残が見られる。
こうした背景から私は、酒池肉林とは、一年の収穫と仕込みの成果がもっとも充実した「冬」に行われる「富と力を示す頂点の宴」であったのではないか、と考えている。
#古代中国
#酒池肉林が後代の創作だとは知ってるけど
#火のないところに煙はたたない

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#酒池肉林
#酒池肉林ごっこ



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#フライングハピバ

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